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「2.試行錯誤推論法によるクリニカルリーズニングの再考」
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2.試行錯誤推論法によるクリニカルリーズニングの再考

試行錯誤によるクリニカルリーズニング(臨床推論)は、マリガンコンセプトやマッケンジー法などを用いるセラピストには馴染み深い推論様式だと思います。

この推論方法には、「原因組織を特定できていない」、「評価ができていない」といった批判を受ける事があります。

しかし、その推論方法自体が、原因組織が何かという事よりも良い変化を与える刺激は何かという事に重きを置いています(原因志向と解決志向の違いです)。

今回の記事では、この推論方法について整理し、どういった状況でこの推論様式(徹底的推論法)を用いるかについて説明したいと思います。

 

どういった疾病・障害が試行錯誤推論法の対象になるか?

基本的に、外来の整形外科クリニックや治療院などに通院して治療を受けられる患者に用いるのに有効な推論方法であって、循環器障害系、内部障害系の患者には当てはまりにくい方法だと思います。

ここでは、運動器疾患を対象としたクリニカルリーズニングを中心に説明しています。

 

ざっくり言うと、「試してみる」を丁寧に行う推論法

徹底的推論法は、前回の記事でも説明していますが、「効果が出るか試しにやってみる」という考え方が基盤にあります。

そして、仮に一発目で仮説が当たらなくても、試行錯誤の過程を通して、正解に近づいていこうと考えています。

 

この、「試しにやってみて効果がなければ、別の方法を考えてみる。」という考え方は、「とりあえずやってみる事で起きる可能性がある弊害」がない、もしくは、ほとんどないという前提条件が必須となります。

命の危険性や、病態を悪化させる可能性がある状態での試行錯誤法をメインとした臨床推論は危険を伴います。

この弊害がほとんどないと言えるのが、先に挙げた「外来の整形外科クリニックや治療院などに通院して治療を受けられる患者」です。

ただし、まったく無いわけではなく、理学療法士が触るべきでない・触らない方が良い疾病や障害が運動器疾患にも存在します。

それが、レッドフラッグにあたります。

また、他の記事で説明したイリタビリティーやセンシティビティーという概念も考慮しなければいけません。

ちなみに、イリタビリティーやセンシティビティーは、治療をする事の禁忌を示す徴候ではありません。積極的な検査や試行錯誤による治療と検査の過程を用いるべきでないとする為の判断材料です。

よって、こういった状態でなければ、試行錯誤法での臨床推論を積極的に行う事ができます。

 

どういった患者像で使うべきか?

試行錯誤による治療と検査の過程は、特定の治療法による改善を示す反応がみられるかが重要になります。

良くなっている反応があるという確認を持って初めて、特定の治療法が「今、目の前にいる患者に適している方法だ」といえ、その治療を継続すべきとする価値判断ができるのです。

目の前にいる患者が治療してほしいと言っている、その症状を患者とセラピストで共有できるものかが重要になります。

そのためにも、症状を患者自身で再現できる(機能的実証)という事が必要になります。

そして、効果判定の為の道具を準備できているという事も合わせて重要になります。

微妙な変化を読み取る事が重要と他の特集シリーズの記事「8.効果判定のための準備(疼痛を再現させる他の動作や検査)」で触れましたが、その理由について、ここで説明を加えます。

 

試行錯誤により、微妙な改善を拡大化

1つの試験的な治療を用いる際に、10分以上の時間をかけたとします。

結果的にこの方法が、不適切な方法と判断を下したとします。

すると、この試験的な治療に用いた10分という時間は、あまり有益でない時間になってしまいます。

もし、10分という時間をかけずに、結果を知れていれば、時間的損失を縮小できたかもしれません。

もし、一回の治療セッションではなく、複数回の治療セッションに及んだ場合は、無意味な治療が何日も繰り返されていた事になります。

この時間的な損失が起こりやすい状況で、徹底的推論法を採用する事により、

  • 試しにやってみて効果がありそうだと判断できるなら治療を続ける。
  • そして、その方法をさらに最適化できるように調整を行っていく。
  • 最適化された、今目の前にいる患者にとって良い方法だといえる手技を複数回の治療を通して経過をみていく

という事を効率的に進めていく事ができるのです。

例えば、試験的に用いる手技は約2分以内の治療で、とりあえずやってみて効果が微妙にでも出ているようであれば、その治療法を継続する事に価値がありそうだと判断する事ができます。

もし、目の前にいる患者に試行錯誤法による推論をすすめていているつもりなのに、治療が開始されると同時に患者をベッドに仰向けにさせ、治療終了の時間を迎えるまで寝たままでいる事が多いというセラピストは、試行錯誤法による推論を実行できていません。

2分以内の治療を行い、コンパラブルサインやその他の従属変数となる動作・検査(主観的検査も含め)によって微妙な変化を読み取り、その変化を頼りに、この手技には時間をかけても良さそうだという判断をします。

そして手技の調整を行い、より適切な方法へと修正を加えていきます。

この判断ができてはじめて、患者を寝かし続けて治療をする根拠ができます。

この根拠を確立ができる前に、患者を寝かし続けて行う治療行為を選択した判断は、失敗を犯しやすい方法であると言えます。

試行錯誤法による推論は、それを用いても良い状態か?効果判定をする準備ができているかが問われる推論様式になります。

 

徹底的推論法を優先的に選ぶべき状況

ここまでで解説したような条件が揃っているにも関わらず、試行錯誤法を用いないのは非常に非効率的です。

冒頭にも挙げたように、私たちが治療を行う対象者のほとんどが、とりあえず試験的に治療をしてみる事が許される患者です。

その患者に対して、特定の手技の導入をエビデンスの縛りによって、「エビデンスで認められない手技は用いない」と早急に判断する事は、クリニカルリーズニングの幅を非常に狭いものにします。

  • 生命の危険を伴う(例えば、心臓にリスクをかかえている患者の運動療法を処方する場合)
  • 効果判定に時間をかける必要がある(例えば、血糖値を下げるための運動療法を提供する場合)
  • 費用がかかってしまう(例えば、装具を購入する。手術を行う。)

などの場合は、とりあえずやってみる事の危険性がありますが、そうでなければ色々やってみて何に良い反応を示すかを1つずつ検証していくべきです。

その検証作業を通して得られた経験が、自身の経験として蓄積されて成長に繋がります。

 

試行錯誤法のメリット

検証の過程に時間を要さないので、多くの手技を臨床的に検証する事ができます。

目の前にいる患者に良い反応があるかが問われますので、そこで得られた良い方法は確実に効果を示す事ができる手技と言えます。

もっとも大きなメリットは、評価がシンプルで治療に直結するという事が挙げられます。検査と治療が分離されていない為、用いて得られた良い治療法が、そのまま治療に繋がります。

例えば、仮説演繹推論法で適切であると判断した方法が、理論的には適切ではあるが、効果を確認できる程の変化を出す事ができないという場合がありますが、試行錯誤法にはそれがありません。

目の前にいる患者に適切な治療法を選択するのに優れた推論法になります。

また、先にも挙げた事ですが、その方法を複数の患者を通して価値のある手技だという事が言えるようになれば、帰納的に考えて一般化でき、特定の対象者にとって有効な方法だと言えるようになります。

 

まとめ

クリニカルリーズニングにおける推論様式の一部である試行錯誤法を説明しました。

クリニカルリーズニングで用いられる推論様式には以下のものが中心的なものになります。

  • 徹底的推論法(試行錯誤推論法はこの推論法に属します。)
  • 仮説演繹法推論法
  • パターン推論法
  • 多分岐型推論法

これらの方法は、それぞれ独立して使用するのではなくお互いのメリットを利用しながら推論をすすめていきます。

どの方法が、もっとも正しい推論法かを考えるのではなく、それぞれの推論法の特徴を理解して、適材適所で採用する必要があります。


特集 » 臨床推論で用いる代表的な推論様式

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