セラピストがどのような思考過程で、目の前にいる患者のかかえている問題(腰痛や膝の痛みなどの症状)や、その原因に迫ろうとしているのかを実際に検査・治療にすすむ前に、その治療を受ける患者に事前に説明しておく事は非常に重要です。
触った瞬間に完全に治癒させる神がかり的な治療を行えないにも関わらず、いきなり治療を開始してしまうと、患者は困惑してしまいます。困惑している患者から適切なフィードバックは返ってこないので、臨床推論を難しいものにしてしまいます。
つまり、検査・治療前のオリエンテーションを丁寧に行っているか否かで、その後の臨床推論の難易度は大きく変わります。
ここでは、適刺激(症状を変化させることができる物理刺激)を探していく作業に入る前に、私が実際に行っているオリエンテーションを例に出しながら解説していきます。
徒手療法を用いる際のオリエンテーション
検査をすすめていく上で、治療家の方々が真っ先に考える事は人それぞれで、患者によっても変わるものだと思いますが、ここでは、「痛み治療において、治療の進行を停滞させない事」、「ここまで説明してきた適刺激をつける事」を優先にした場合のオリエンテーションについて説明をしています。
レッドフラッグの除外などについては、ここでは一切触れずに、簡単な問診から以下の条件が揃っている場合に適刺激を見つけていく作業に入ろうとする段階でのオリエンテーションを想定しています。
また、以下の条件を有している事を前提としています。
症状:腰痛(前屈動作で痛い)
- 患者の症状がメカニカルペインの特徴を有している
- コンパラブルサインが陽生
- 症状のベースラインを患者・セラピスト共に把握できている
上記の条件を設けた理由については、同特集シリーズのこれまでの記事でご確認ください。
当記事では、実際の臨床場面を想定し、下記の流れで説明していきます。
① 初回の試験的な治療を加える前で、かつプレポストの後
↓
② 試験的な治療後で、ポストテストの前
↓
③ 2回目の試験的な治療を加える前
① プレテストの後のやりとり
もし、行なった治療が的を得ているなら、あなたの前屈時の腰痛が改善するはずです。
いくつか、試しに治療をしてみて、症状に変化が起きるかを見ていきましょう。
→ここは、極々普通のやりとりだと思います。
しかし、この些細な変化をヒントにあなたにあった治療法を探していきます。
例えば、「痛さは残っているけど、先ほどより弱くなっている。範囲が狭くなっている。」といったものから、「はっきりしないけど、何となく感覚的に良くなっている気がする。」といった微妙なものまであるかもしれません。
→些細な変化とは何なのか?と思っている段階ですので具体的に言うことで患者自身が発言しやすくなります。
初めて、食べる料理の感想求められた時に、その感想を言うのはなかなか難しいですが、「苦いって感じる人もいるよ」と言ってもらえると食後の感想を言いやすくなるはずです。
この発言は普段の実生活に照らし合わせているだけで徒手療法の特殊なやり取りとして説明しているわけではありません。
一言目さえ出てしまえば、後はその他の微妙に感じた事も多少なりと発言しやすくなります。
→今から取り組もうとしている事が患者自身にとって有益な事である事を伝えておくと、「そんな事より治療してくれればいいんだよ。」と思っている患者も検証作業に積極的に取り組みやすくなります。
→治療はスムーズにいくかもしれませんというのは、これをしなければ治療はスムーズにいかなくなりますよと暗に伝えています。
ここをちゃんと伝えておく事により、検証作業はセラピストが勝手に行うのではなく、一緒に取り組むという事を受け入れれます。
→「治療をしてあげる」というスタンスを治療者が持ってしまう、又は、患者にそう思われると検証作業は難しくなってしまいます。
なぜなら、これからの検証作業の中で、患者に多くの事を教えてもらう必要があるからです。
宜しくお願いしますと伝える事で「治療者側だけで取り組むのではなく一緒に探していくので協力し合いましょう」ということも表現をしています。 以上の前置きをした上で実際に試験的な治療をしてみます。
※ ここでは、選んだ治療手技は問いません。当記事では、それを選択する思考過程まで説明する事ができないので、読者の方は、「臨床場面でよく使う手技をとりあえずやってみる」という感覚でそのまま読み進めて下さい。
②試験的な治療後、およびポストテスト前のやりとり
治療後のコンパラブルサインの確認作業に入る前に、再び説明を加えます。
逆に悪くなっている可能性もあります。実際に確認してみましょう。
→先ほどの説明を行ったとしても、患者はまだ、治療後は良くなっていて当たり前だと思っている場合が多いです。
悪くなっている可能性もあると伝えておくと、仮に悪くなったとしても、次の検証作業を阻害する因子にはならず、逆に検証作業のヒントとすることができます。
もし、治してあげるというスタンスで治療に取り組んでしまった場合、結果として悪化がみられた時に患者との治療関係は非常に立て直しにくくなります。
「もう次は、失敗はできない」とセラピストが思う状況を作ってしまった時点で、検証作業はスムーズに進行できない状態となっています。
「範囲が狭くなっている。」といったものから、「はっきりしないけど何となく感覚的に良くなっている気がする。」といった微妙なものまであるかもしれません。
→これは先ほど解説した事を再度伝えています。こういったやり取りが好きな方でなければ、治療後の感想を求められるのは非常に苦痛な事です。
この部分を保護してあげると、患者は自分の思っている事を表現しやすくなります。
以前の記事でもふれましたが、患者の方が痛みの事をセラピストよりも知っています。これを上手く聞き出せないセラピストは、痛み治療の検証作業において非常に不利です。
治療による変化が生まれていない事を想定して話を進めます。
この場合の代表的な患者の反応として、3つのパターンを挙げてみました。
明らかな改善がみられない為、戸惑った様子をみせながら、
- 痛いけど、なんとなく良くなった気がするなー
- んー(苦笑いしながら)、変わらないなー
- 変わっている感じはしないです。
3については特に問題はないのですが、1と2の反応をされる患者は、さらなるやりとりが必要になると思っています。
1の場合の対応です(あくまでも一例です)。
患者「痛いけど、なんとなく良くなった気がするなー」
逆に悪くなっている場合は、我慢せずに必ず教えて下さい。
これらが治療のヒントになるので絶対に我慢はしないで下さい。
また、この「何となく良くなった気がする」という感じを1つの基準にするので覚えておくといいかもしれません。
2の場合の対応です(こちらも一例です)。
患者「んー(苦笑いしながら)、変わらないなー」
では、この後も確認作業を繰り返すのですが、もしあなたに合っている治療法なら、治療後の変化にあなたは気づけると思います。
ほとんどの皆さんが、時間はかかりながらも、この変化に気づけるようになれます。後、確認ですが逆に悪くなってはいませんか?
読んでいてお気づきの方もいると思いますが、1の対応は非常に優しい対応です。しかし2の対応は、やや挑発している感があります。
この2つの違いは、確認作業で何を防ぎたいかによって異なります。
1のケースで防ぎたいのは第1の過誤で、2のケースでは第2の過誤と呼ばれるものです。これは、陰性を陽生と間違ってしまうミス(偽陽性)か、陽生を陰性と間違ってしまうミス(偽陰性)かを分類したものです。
第1の過誤 | 陰性を陽生と間違ってしまうミス(偽陽性) |
第2の過誤 | 陽生を陰性と間違ってしまうミス(偽陰性) |
1のような返答をする方の場合、何も良くなっていないのに、「軽くなった」「いい感じがする」といった具体性のない返答が多く、治療者の期待に応えようとする傾向があり全てのリアクションが良い方向に傾いて返ってきてしまうので、治療者は、結局何が本当に良いのか分からないという状況になってしまいます。
2の場合は、逆に良くなっている微妙な変化に気づこうとしていない事が多いです。こういった患者の場合は、自分が納得のいく改善のレベルにまで達しないと「変わらない」の一辺倒である事が多いです。このままのやりとりでは、治療の微妙な変化をヒントに進めていく作業がなかなか前に進みません。
1の場合は全ての刺激に「良いよ」と言ってしまう反応を抑制する為に悪くなった時の話をする事や、治療者の顔色を伺う必要がない事、「変わらない」と言う事が治療進行に価値のある事、を暗に伝えておくのです。
2の場合は、変化に気づこうとしない患者の姿勢を検証作業に向ける為に、やや挑発的ともとれるような対応をします。「些細な変化に気づく事ができる能力があなたにありますか?」「あなたは、このやりとりができるまでどれくらいの時間がかかってしまいますか?」と暗に問いかけているのです。
もし、検証作業に前向きに取り組んでいるならほとんどの場合、セラピストの問いかけに苦笑いはしません。
セラピストに不快に思われないように気をつけながら良くなっていない事を伝えてくれるはずです。この場合が先ほど挙げた3に当てはまる患者です。
もちろん、程度の差はありますが、前向きに取り組んでいる患者では、セラピストに何かしらのヒントを与えようと努力する姿が見えるか、少なくとも検証作業を停滞させてしまうようなネガティブな反応はしません。
ネガティブな反応がみられた時の対応
気をつけないといけないのは、ここで患者に対抗してはいけません。
患者が、「何も変わらない」と言ってるなかで、セラピストにとっては価値のある反応が確認できたとしても、患者には「たしかに良くなっていない感じですね」と前置きした上で、先ほどのような対応をします。
その後に、「念の為確認ですが、逆に悪くなってはいませんか?」と問いかけると、「悪くなっていないよ。むしろ、少し前屈しやすくなった気もする」と、悪くはなっていないという発言を皮切りに、認めようとしていなかった自身の感覚的なものをセラピストに知らせようとしてくれる場合があります。
もし、ここで理想的な展開にはならなくても、このやりとりを行う事によって、次の場面で、もう一度反応をみようとする時の第2の過誤の可能性を事前に低減させておく事ができます。
③二回目の試験的な治療の前のやりとり
これから、もう一度試験的な治療に入っていくのですが、その前に再び説明を加えます。
→この時点で、別の治療をしてはいけません。
(この理由が良く分からないという方は、同シリーズのこれまでの記事で解説していますので、ぜひ確認してください。)
→もし適刺激なら、先ほどよりも良い変化と感じる事ができます。というメッセージを伝える事で、「先ほどよりも良い変化であるか否か」というシンプルな質問に置き換える事ができます。
単純な比較という事で、質問がシンプルに分、患者もより返答しやすくなっているはずです。
このとき、「治療強度を上げたにも関わらず、何ら変化しない」となった場合は、この手技が無意味である事を教えてくれます。
今用いている手技を否定する為には、「しっかりと刺激を行った上で、それでも変化はみられない」と言い切ることができないと、次の手技を検証する作業に今回の取り組みを生かせません。
次の手技(治療法)を検証する際に「なんとなくでも良いですが、前回用いた治療刺激の時と比べて、今の方が自分に合っているなと思いますか?」と聞く事ができれば、無意味な手技か否かの返答をしやすくなります。
比較対象ができるので、もし患者が何かを感じた際には「前の治療より良いかも」という価値づけを加えて伝えてくれるようになります。
まとめ
これらの取り組みは、すでに治療行為をしているように見えますが、ここまでが治療手技の良し悪しを判断する共同作業を理解してもらう説明になります。
つまり、徒手療法を用いた評価と治療についてのオリエンテーションです。
初回の試験的な治療は、患者に検証作業過程を実際に体験してもらう中でオリエンテーションを行い、これらのやりとりは主観的ではあるけれども「丁寧に検証作業を行った」と言うことができ、可能な限り確からしさを確立していけると思っています。
ここまで行ってはじめて、実際の試行錯誤の過程としての適刺激を探す作業に入る準備ができていると考えています。
最初は、面倒くさいやりとりだなと思われる方もいると思いますが、この取り組みを丁寧に行なっておくと、患者自身が治療に対して前向きになり、色々と気付いた事を知らせてくれるようになります。
患者からのヒントを手掛かりに治療をすすめていく事ができるようになるのです。
選択する治療手技そのものは、当てずっぽうではなく、それを選択するまでの思考過程がありますが、ここでは一切触れていませんが、あらゆる手技的な介入に応用する事ができるものだと思っていますので、ご自身の臨床での取り組みに上記の要素を加えてみてください。
特集 » 痛み治療のクリニカルリーズニング
- 1.痛み治療の進め方 -治療を停滞させない為に-
- 2.症状に良い反応を示す手技の見つけ方 -適刺激という考え方-
- 3.適刺激を見極めるための臨床的な視点
- 4.徒手療法を用いる前に行うオリエンテーションの重要性
- 5.疼痛治療におけるゴール設定の考え方・目標設定時の注意点
- 6.よく形成された目標(ウェルホームドゴール)を設定する為の医療面接
- 7.価値のない悪化について ~イリタビリティー、センシティビティー~
- 8.効果判定のための準備(疼痛を再現させる他の動作や検査)
- 9.治療刺激の調整 ~より最適化された治療刺激へ~
- 10.初回の治療終了時にやるべき事
- 【付録】ケースで学ぶ適刺激を見つける過程
- 【付録】ケースで学ぶ適刺激を見つける過程2