これまで、同特集の全ての記事は、「1.痛み治療の進め方 -治療を停滞させない為に-」という最初の記事から繋がりを持たせながら書いてきました。
クリニカルリーズニングが、「原因組織を探すためのテクニックや知識だけの事を言うのではない」という思いから、一切そこには触れず、臨床の現場(特に判断を悩ませる状況)で考えるべき事、患者とのコミュニケーションで注意すべきこと、などを中心に解説してきました。
これまでの記事では、治療場面を想定して解説してきましたが、今回の記事は「初回の治療終了時でのやりとり」について解説していきたいと思います。
この記事の目次
初回の治療終了時にやるべき事
ここでやるべき事は、次回の治療に向けての患者に宿題を与えることです。
この宿題を与えられるか否かで、次の治療セッションがスムーズに進められるかに大きく変わる為、とても大切な事です。
初回治療終了時の、その前までの治療状況によって異なりますので、代表的な3つのパターンを挙げて、それぞれについて解説していきます。
- 初回の問診で疼痛誘発動作を聞き出せず、検査を進めていく上でも疼痛を再現させる事ができなかった場合(メカニカルペインであるという症状・徴候がみられなかった場合)
- 症状や設定した従属変数の改善が見られなかった場合
- 治療後の反応が、他覚的にでも自覚的にでも良い場合
1.初回の問診で疼痛誘発動作を聞き出せず、検査を進めていく上でも疼痛を再現させる事ができなかった場合(メカニカルペインであるという症状・徴候がみられなかった場合)
疼痛誘発動作を答えられない患者は、私の臨床での経験上の話になってしまいますが、常に痛みがあると思っている、もしくは、特定の動作・活動によって増悪するのではなく動く事が痛みを増悪させていると思っている場合が多いように感じます。
そこで、
- 「痛い動きと痛くない動きがきっとあるはずです。それを見つける事ができたら次回、報告してもらってもいいですか?」
- 「日常生活上で、特に痛い活動・動作があるかもしれません。もしそれに、気づく事が出来たら、次回いらした時に教えて下さい。」
という宿題を与えます。
もし、患者が、「痛くて痛くてたまらない」というような感情も含めた表現をしていた場合は、そこを理解してほしいと思っている場合が多いので、1の伝え方よりは、2の方が、セラピストが何を知りたいのかが伝わりやすいと思います。
例えば、「特に痛い動きを覚えておいて下さい。特にこれはたまらない痛みだ、というのがあればでいいですよ。」と伝えると、自分が痛くて困っている事を伝えるために、疼痛誘発動作に気づきやすく、またそれを聞き出しやすくなります。
もし、「どの動作が痛かったですか?」とだけ聞くと、「常に痛い」「動くと痛い」という痛みで困っている心理的な苦悩を表現する方向に向かってしまい、結局具体性のない返答が返ってきてしまう事が多くなります。
次回の治療で、疼痛誘発動作をしっかり聞き出す事ができれば、今までの記事で触れてきた検証作業を進めていけるはずなので、まずは、この壁を乗り越える事が、患者のセラピスト、双方の最初の課題になります。
2.症状や設定した従属変数の改善が見られなかった場合
改善の反応は基本的に、その直後に現れるものですが、それに気付けない場合もありますので、
「帰った後、もしいつもと違う感じがするなと気づく部分があれば次回報告をお願いします。直後に気付けなかった変化も日常生活に戻った時に気づく場合があります。もしあれば、でいいので覚えておいて下さい。」
と伝えます。この質問は、次回来られた際に、「前回の治療後はどうでしたか?」と聞きやすくしておく為です。
もし、これを伝えておらず、しかも結局、自宅に戻ってからも痛みが改善がみられなかったのに、
「前回の治療後はどうでしたか?」と聞かれると患者は、「いやいや、治療している時点で何も変わらなかったでしょ」というふうに思ってしまいます。
セラピストも、治療後は不変だったが、もしかしたら後から良い変化があったかもという可能性を確認する事に躊躇してしまいます。
もし微妙な変化があれば、手技の調整を加えると良い結果を生み出すところまで来ているかもしれないにも関わらず、これを聞き出せなければ、現在用いている手技を諦めなければならなくなってしまいます。
もし、「治療後も、特別良くなる感じはなかったよ。」という返答であった場合は、自信を持って、別の治療刺激を探していく作業に移ることができます。
この時、大切な事は「今用いている手技は目の前にいる患者には適切ではない」と言えるところまで検証を行ったかです。
前回の治療を中途半端に行っていたなら、「もう一度だけ、検証する為に同様の事を治療強度を上げて行います。」と伝え、本当に何らの変化もないのかをみていく事が必要になるかもしれません。
3.治療後の反応が、他覚的にでも自覚的にでも良い場合
治療直後の「良くなっている事」を具体的に伝えて、患者も自覚できているかをしっかりと確認しておきます。
その上で、「次回治療時、今の良い状態がどれくらいの期間持続したか、どのタイミングでいつもの症状に戻ったか、を聞きますので覚えておいて下さい。」と伝えておきます。
多くの場合、痛みが日常生活に戻って再度出た時には、患者は「治ってない。変わらない。」という表現をします。
この時、患者の「前回の治療直後は良くなっていた」という事を自覚させる事ができていなければ、「いつから戻ってしまったのか?」という事を聞き出す事が難しくなります。
患者によっては、「治療直後良くなってたっけ?痛かったと思うけど。」と言う場合もあります。
ここで知りたい事は、治療直後にみられた効果がどの程度持続したかです。なのに、「そもそも改善なんてしていない」という風に返答されてしまったら、初回に行なった治療と、そのやりとりの全てが水の泡になってしまいます。
そこで、具体的に良くなった部分について共通理解を得られたやりとりを思い出させるかのように初回の治療後の話をできる準備をしておきます。
この準備ができていれば、
「いつもの痛みが、再び出だしたのは、どのタイミングだったか覚えていますか?」
「やっぱりまだ治っていないと思ったのは、いつからですか?」
と聞く事ができます。
その為にも、今の時点(初回治療終了時)で、患者にしっかりと具体的に良くなった変化が起きている事を伝えておくのです。
主観的な改善しかみられていない場合でも、主観的に感じた部分について具体的に話し合っておくのです。
治療効果が2、3日持った場合でも、聞き方が不味いと患者は「何も変わらないよ」とだけ話します。
2、3日も効果が持つ手技は、予後を変える可能性のある手技です。そしてこの手技にとりあえずこだわって治療を進めてみるという根拠になりえます。
2、3日も効果を持たせる事ができた手技を、セルフケアに移行できれば、ひとまず治療は前へ進んでいくはずです。
まとめ
1の場合は、まず痛みが増悪する動作と、しない動作がある事を患者に気づいてもらう。気づく事ができれば、検証作業を行っていけるはずです。
2の場合は、検証作業を通しての微妙な変化を取りこぼさないようにする為の働きかけです。もし、変化がなければ新たな検証作業を始めていけばいいと思います。
3の場合はその変化が、どの程度保ったかを知ったうえで、さらなる調整を加えるか、セルフケアに移行させていくかを検討します。
私の経験上の話が多く含まれており、エビデンスはありませんが、効果を2日持続させる事ができれば、治療は進め方次第で充分に改善したと感じれる所まで持っていける予後良好な因子だと思っています。
今回は、初回の治療終了時のやりとりについて解説しました。
重要な事は他にもありますが、この特集シリーズで説明した事を丁寧に実践できれば、治療は停滞する事なく前へ進んでいくと思います。
特集 » 痛み治療のクリニカルリーズニング
- 1.痛み治療の進め方 -治療を停滞させない為に-
- 2.症状に良い反応を示す手技の見つけ方 -適刺激という考え方-
- 3.適刺激を見極めるための臨床的な視点
- 4.徒手療法を用いる前に行うオリエンテーションの重要性
- 5.疼痛治療におけるゴール設定の考え方・目標設定時の注意点
- 6.よく形成された目標(ウェルホームドゴール)を設定する為の医療面接
- 7.価値のない悪化について ~イリタビリティー、センシティビティー~
- 8.効果判定のための準備(疼痛を再現させる他の動作や検査)
- 9.治療刺激の調整 ~より最適化された治療刺激へ~
- 10.初回の治療終了時にやるべき事
- 【付録】ケースで学ぶ適刺激を見つける過程
- 【付録】ケースで学ぶ適刺激を見つける過程2