腰痛があり、脚に痺れを伴う代表的な疾患は何でしょうか?
本特集シリーズは、「診断」に焦点を当てた内容になっています。
診断は医師がするもので、理学療法士・作業療法士が一切関与する必要はないと思われている方もいるようですが、これを知らない理学療法士・作業療法士は適切なクリニカルリーズニングは行えません。
病院に勤める療法士であれば知らなければいけない診断学について解説させて頂きます。
この記事の目次
腰痛があり、脚に痺れを伴う代表的な疾患
記事の冒頭にあった問題の答えは「脊柱管狭窄症と腰痛椎間板ヘルニア」です。
整形外科クリニックに勤務している理学療法士であれば、この診断名が付けられた患者を担当した事はかなり多くあると思います。
しかし、理学療法士による徒手的な介入で症状の改善がみられるようになって、少し自信がついてくると、いつしか「本当にその診断は当たっているの?」と、主治医の診断に疑問を持つようになります。
評価結果のズレや治療によって改善するケースが増えてくると、ほとんどの理学療法士が医師の診断をちょっとずつ疑うようになります。
医師が行う診断に対する理学療法士の不信感
椎間板ヘルニアと診断されてリハビリ室にやってきた患者を、診断名なんて考慮せずに、鼻っから機能障害の存在のみを疑う理学療法士もいるかと思います。
「どんな患者も、腰椎椎間板ヘルニアか脊柱管狭窄のどちらかに当てはめようとしている」
だとか、
「診断が適当だな…」
と主治医の診断をそのように考えている理学療法士は、決して少なくはないと思います。
ここからは、医師が行う診断を疑問視した事がある理学療法士向けに、上記のような状況を理学療法士がどう解釈すべきかを説明していきます。
療法士は、診断の目的を理解しているか?
診断を行う上で、真っ先に考えるべき事は、生命の存続です。次に機能損失を防ぐ事です。
そのあとに、患者自身の主観的な訴えの改善を考えるというのが基本になるかと思います。
この時、生命の存続という意味では、整形外科クリニックに訪れる患者の場合に限って言えば、その点は既にクリアしている場合が多いかと思います。
しかし、たったいま生命の存続が危ぶまれるという状態でなくても、生命予後を左右するものもあります。
例えば、「骨折」が挙げられます。しっかりと処置されなければ大きな機能損失を招く危険性があります。
これを考えると、整形外科クリニックで、レントゲンをとって骨折を確認するというのは非常に重要なことです。
大腿骨頸部骨折後の生命予後の悪さは、理学療法士であれば殆どの方が知っている事だと思います。
この視点から考えると、
「骨折の疑いがあるならば、まずはそれを排除する。それさえできれば、あとは経過観察でも大丈夫」となります。
レントゲンだけ撮って、後は「問題ないですね」と言われて困っている患者が、診察後にリハビリ室を訪れる事もあるかと思います。
患者は、問題ないと言われた事に不快感を持った場合、主治医への不満を担当セラピストに話す事があります。
しかし、主治医の対処は問題になるような事ではありませんし、さらに診断をしっかりと行っていないわけでもありません。
腰痛患者のヘルニアの診断はどう考えるか
先ほど挙げたように、生命予後を悪くさせるものでなければ、緊急手術を選択する事はないですし、特別な疾患でなければ、疼痛症候群として消炎鎮痛剤で様子を見るというのが、整形外科の基本的な対応です。
これは、暫く様子をみていれば改善するような患者まで、治療対象にしてしまわない、1つの方法でもあります。
ヘルニアと診断したからと言って、決して、整形外科医が典型的な症状を呈しているヘルニア患者と、そうでない腰痛を訴える患者を同等にみているわけではありません。
診断名は同じ椎間板ヘルニアかもしれませんが、より慎重に扱うべき状態と、そうでない状態で、主治医が考えている事は異なります。
仮に違っていても、診断ミスではない
それでも腰痛を訴えた患者に椎間板ヘルニアと診断を下す背景には何があるのでしょうか?
診断をすすめていく上で、基盤となるリーズニング様式としては、パターン推論法と仮説演繹法です。(こちらについては、他特集シリーズ「臨床推論で用いる代表的な推論様式」をご参照ください。)
何らかの症状を訴えた時に、まず考えるべきは、「重篤な疾患が潜んでいないか?」です。腰痛であっても同様です。
このクリニカルクエスチョンに対して用いるリーズニング様式は、パターン推論法です。
「重篤な何か」が隠れているかを考える視点は大切ですが、腰痛を訴えたから、すぐに重篤な病気の可能性を考えるのはナンセンスです。
可能な限り慎重をきした方が良いと思う方もいると思いますが、必要以上の推論を展開する事は時間も労力も費用も無駄にするリーズニングエラーです。
そこで、キーワードとなるのは、
「腰痛+〇〇」
ある特定の状態や条件、随伴症状があれば、重篤な疾患を疑うというわけです。
この代表的なものにレッドフラッグサインという考え方があります。いくつかの確認事項に該当するのであれば、重篤な疾患を疑い精査を行います。
しかし、該当しないのであれば、それ以降はこの領域に関する推論は一旦終了です。
治療の経過で、もし再び危険性を感じたら、その止まっていた「重篤な病気の可能性」に関する推論が再開します。
レッドフラッグサインなし!次の行動は?
重篤な疾患が存在しないようであれば、別領域への推論が展開されます。
これについてのリーズニング様式は、仮説演繹法です。
ここでのクリニカルクエスチョンは「この痛みの原因は?」なのですが、
沢山ある原因の中から絶対に診断を下してやろうと思っているのではなく、整形外科医が診断を下すべき範囲で考えて「この原因は何か?」を探ろうとしています。
少し脱線しますが、診断の目的は治療です。極端な言い方をすると、治療するものしか診断する必要はありません。
整形外科医が行うべき診断は、治療可能性のあるもののみになります。
それ以上の診断をやってはいけないわけではなくても、やらないといけないという事は一切ありません。
そこで、腰痛患者の中で整形外科が治療をすべき疾患として出てくるのが、
- 腰痛圧迫骨折
- 腰痛椎間板ヘルニア
- 脊柱管狭窄症
といった疾患です。(もちろん、これだけではないですが、シンプルに代表的なものだけを挙げさせて頂きます。)
ここで、用いる推論様式は、仮説演繹法と言いましたが、仮説演繹法とは、自身の持っている複数の仮説に順位付けを行う推論様式です。
この中に正解があれば、最も正解の可能性の高い仮説を導き出せる推論方法ですが、そもそも選択肢の中に正解が無ければ正解には辿りつけません。
圧迫骨折については、最初のレッドフラッグサインで、ある程度可能性を低くしているので、ここでの選択肢は、椎間板ヘルニアか脊柱管狭窄症かの二択と考える事ができます。(もちろん、今回の記事では、この2択に絞っているからという前提があります。)
仮説演繹法による推論
脊柱管狭窄症は高齢者に起こり、椎間板ヘルニアは若者に起こりやすい病気です。
(理由やその他の相違点を説明すると長くなるので、割愛させて頂きます。ここではシンプルに年齢的要素のみで解説させて頂きます。)
すると、レッドフラッグサインには引っかからない患者で年齢が低ければ、もうそれだけで「椎間板ヘルニア」の診断を下す理由が出来上がります。
もちろん、高齢者であれば「脊柱管狭窄症」です。
これは、診断が適当ではなく、何のためにに診断を下そうとしているか?という視点の違いです。
例として挙げさせて頂きますが、
レッドフラッグサイン(-)で、若者の腰痛であれば、この時点で椎間板ヘルニアという診断がほぼ確定します。(MRIをとらなくても)
そこで、神経学的所見をとり、整形外科的テストを行い、いわゆる椎間板ヘルニアを説明する所見が出てきたなら、MRIで、臨床所見と画像所見が一致するかをみていきます。
(最初でMRIをとる病院の場合は、臨床所見のチェックと画像所見のチェックが同時進行です。)
もし、一致しない場合はどう考えるのか?
理学療法士が勘違いを起こしやすいのは、ここからです。
椎間板ヘルニアを説明する臨床所見がみられず、画像所見で、誰にでもあるような椎間板変性がみられた時ですが、それでも「椎間板ヘルニア」という診断は、仮説演繹法によって別疾患の可能性が大きくならない限り覆りません。
いわゆる無症候性ヘルニアだろうと診断は「腰椎椎間板ヘルニア」です。
それは、今展開されている思考課題の中(クリニカルクエスチョン)には含まれていない課題だからです。
ここでのポイントは、「整形外科医が手術すべきか」だとか、「単なる疼痛症候群として扱っていけないか」といった判断のみです。
ですので、最も腰椎椎間板ヘルニアを疑うべき状態で、腰椎椎間板ヘルニアには当てはまらない臨床所見を呈しているなら、(言い方は悪いですが)単なる疼痛症候群として、消炎鎮痛剤を処方して帰院して自宅で様子をみてもらう事ができます。
そして診断は、仮説演繹法から導き出された仮診断である「腰椎椎間板ヘルニア」が確定診断となります。
原因を徹底的に探そうという視点ではなく、治療すべき病気を見逃さないという視点で解釈すれば、細かい所はどうであろうと、診断は一切間違っていません。
そしてリハビリや療法士を信頼してくれている医師は、それ以降の治療を療法士に任せてくれます。
今すぐ手術すべきだったり、運動させると病態が悪化する事が容易に想像できる患者をリハビリには送りません。
リハビリの処方を出す理由は、上記で解説した思考プロセスが背景にあります。
これを勘違いして、「またまた適当に椎間板ヘルニアと診断しているな」と思っているのであれば、それは理学療法士の大きな勘違いです。
理学療法士も診断学を学ばなければいけない。
「どういった根拠があると椎間板ヘルニアと言えるのか?」
「どういった状態だと手術をすべき椎間板ヘルニアと言えるのか?」
といった事や、
「主治医がリハビリ処方を出したのは何が目的か?」
「どういった背景があるか?」
などを考えられなければいけません。
療法士も診断学について学ぶべきとしているのは、
主治医の診断を覆すためではなく、その診断に至ったプロセスを理解できるようになるためです。
まとめ
- 手術を検討していて、細心の注意を払いながら経過をみたいから理学療法士をつけたのか、単なる疼痛症候群で、医師が治療するのではなく、理学療法士に生体力学的視点から腰痛の改善を依頼しているのか?
- 医師が行った理学所見(身体検査結果)をカルテで確認して、検査データが腰痛椎間板ヘルニアを説明する所見ではないのに、それでも椎間板ヘルニアと診断がついているのはどういう意味か?
これを担当理学療法士は考えるべきであって、
所見の不一致具合から、「適当な診断だな」とか思っているようだと、医師からは、それ以上に「何も考えていない理学療法士だな」と思われているかもしれません。
担当患者の主治医に対して、「診断が違っている」と思った事がある人は、診断のプロセスについて考慮できているか、自分自身を見つめなおすと良いかと思います。