本記事は、前回記事「【付録】適刺激を見つける過程-症例報告風-」のつづきです。
~ここまでのリーズニング~
患者の「治したいと思っている症状」を問診でのやりとりを通して共通理解にしました。
そして、疼痛を誘発させながら、効果判定の道具となりそうなプレポストテストを設定する事ができました。
ここからは、試行錯誤法により適刺激を探していく検証作業を行っていきます。「今、目の前にいる患者にとって有効な治療刺激」を探していきます。
この記事の目次
試行錯誤法による適刺激を見つける過程(症例報告)
症例紹介
- 40代男性
- 腰痛治療目的で来院
- レッドフラッグ(ー)
- メカニカルペイン(+)
- 主訴:腰を反らす時の痛みがある。立ち上がり動作で腰が痛む
コンパラブルサイン
- 立位伸展運動
- 座位からの立ち上がり(時間的要素が関連している可能性あり)
- 立位体前屈位からの復位
疼痛関連動作
- パピーポジション
疼痛関連検査
- (非実施)
患者の主観
- 痛みの量や質の変化
セラピストの主観
- 動作観察(コンパラブルサインと疼痛関連動作)
試験的治療を実施→効果判定まで
患者は腹臥位のまま、セラピストは痛みがあるとする部位(下位腰椎、ここではL5腰椎)の棘突起を腹側へ押す刺激を加える事にしました。
(この手技の選択についての解説は行いません。とりあえず、痛むところにセラピストが何かしら刺激を与えてみようと思ってとった行動という解釈で構いません。)
この違和感を感じる程度の強度で、腹側に押す刺激を30秒ほど、2秒に1回のリズム(オシレーション)で刺激し続けます。
先ほどと同じように、刺激中に、痛みが増してくるようであれば必ず教えて下さい。
先ほどより、やや強く、痛みまではいかない範囲の強度の刺激をもう一度行います。
でも痛みは残っています。
最初に用いた強度は、患者が違和感を感じる程度の強度で用いました。
これは、痛みを感じる強度で治療を行う事による失敗を犯さない為の戦略です。
そこでは、とりあえず、症状を悪化させないことを最優先にしています。
次に、大丈夫と認められた刺激よりやや強めの刺激を用いて変化が生まれないかを確認しています。
患者は「慣れた感じがする」や「何となく良い気がする」という言葉で、最初との変化をセラピストに伝えました。
現時点で、これを良い変化と解釈して良いのかはわかりませんが、少なくとも悪い変化ではなさそうです。
これを今後の試行錯誤法での手技の良し悪しの判断を行う基準の一つにします。
導入した手技を微調整する。
ではうつ伏せのままリラックスしていて下さい。
類似した別の方法(腹側ではなく、押圧を加えた状態で頭側への筋膜リリースのような刺激)を行います。
この刺激と…
この刺激…
先程と同じように、痛みが出てくる、増してくる感じがあれば必ず教えて下さい。
痛みが増すような事は無かったですか?
セラピストからみると最初の確認時よりも強く腰を反らす事がスムーズにできているように感じました。
先ほどの治療の反応を一つの基準にして、次は別の類似した治療刺激を比較する事で、新たな刺激が良いのか、最初の刺激が良いのかを判断しようとしました。
すると、二番目に用いた刺激が先程より良い刺激と価値付ける事が出来ました。
これは、患者の主観と、セラピストの主観(観察)、そして疼痛関連動作の改善から導き出された判断です。
この変化していると感じたものが、偶然やプラセボではなく「確からしいもの」であるかをみてみる必要があります。
コンパラブルサインの変化を確認
腰を反らす動きの改善、そして曲げてから戻る時の動きのスムーズさ、そして痛みも軽減し、動きやすそうに感じます。どうでしょうか?
厳密に言えば、もしかしたら最初にやった治療の影響もあるかもしれませんが、ベット上での腰部伸展時痛と立位での腰部伸展時痛について、検査の過程で関連性を確認しているので、ベット上で起きなかった変化をベットから起こしてまで確認する必要はないと判断しました。
そして、最初に用いた時の反応を基準に別の方法はどうかを比較する事でどちらに価値があるといえそうかを検証してみました。
最初の治療時ではみられなかった改善といえそうな反応を出す事が出来たので、立位時での症状の変化も同時に起きているかまで確認を行いました。
もし、二番目の方法も最初と同じ反応だった場合は、どちらにも価値がないと判断し、また新たな類似した手技を比較をする事で手技の価値付けを行う事ができます。
もし、「先程の方が良いです。」と言った場合は、最初に選択した手技の方が価値があると判断する事ができます。
そのまま、ここまでで得られた良い変化を患者とセラピストの共通理解にしています。
今後、「この良い変化がどの程度続いたか?」という話をする為に、治療によって良くなっている事について具体的に話しておくわけです。
なお、コンパラブルサインの中で時間的な要素が含んでいる可能性がある座位からの立ち上がりについては、その場で検証する事にあまり意義がないと判断し行っていません。
初回セッション終了前に、患者に宿題を与える
でも、座っている姿勢から立ち上げる時の痛みについては、出る時と出ない時があったので検証できません。
それについては、この治療を終えた後、今日1日を通して、立ち上がる時の痛みが変化をしているかを見ていてほしいと思います。
不安定なコンパラブルサインの確認に加え、今回の治療での良い変化がどれくらい続いたのかを次回確認するという事も伝えています。
こちらも患者に与えた宿題になります。
2回目の治療場面
※ 挨拶などのやりとり割愛します。
前回、治療直後は腰を反らした時のズキっとした痛みが治療によって改善するところまでを一緒に確認しましたが、あれからは如何でしょうか?
でも次の日の朝は痛みがありましたね。
治療したその日1日だけ良かったという感じです。
それとも、多少なりと治療効果として残っているように感じますか?
最初の頃よりは、比較的良い気がします。
治療した後の、その日1日の感じはどうだったでしょうか?
それも、その日1日だけでしたが、気にならずに生活できていました。
二回目の治療前に、初回治療後の状態がどうであったかを確認しました。
そこで得られた情報は、
- 治療当日の1日は明らかな改善を維持し、次の日にはまた痛みが出ていた。
- 効果の持続としては、少しだけはあるかもしれない。
しかし、治療効果のほどや持続性については、まだ曖昧な部分を残しており、明確に判断できるものがありません。
初回の治療効果を再確認する事を選択
それで、同じように良い反応が出るかを確認してみましょう。
患者は腹臥位となり、前回と同様の治療刺激を加えます。
二回目の治療での効果を再度確認し、初回治療で出す事ができた良い変化は偶然ではないこと、予測した通りに良い変化を出す事を確認する事ができました。
初回の治療で二番目に用いた方法は、現時点でこの患者にとって適刺激であると言えそうです。
しかし、治療効果がどれくらい持続するかは、現時点で言える事は今日の1日だけです。
ここで介入を終え、次の来院時にもう一度確認してみる事も可能ですが、例え治療効果の蓄積ができたとしても、初回との違いは微々たるものではないかという判断をしました。
セルフケアで管理する方法を検討
前回の治療と今回の治療による反応を確認してから、1日は効果を持たせる物理刺激を自分で行えるようになる事が、患者の予後は良いのではないかとセラピストは考えました。
もし、この方法で、症状を自分でコントロールできるようになれば、もともと重篤な症状ではないので、それがベストと判断したためです。
今度は症状が戻った時に、今からお教えする方法をやって頂き、痛みを自己管理できるようにするという事を目標にするのはどうでしょうか?
患者に痛みが戻った時のセルフケア方法を伝えます。もし、用いた適刺激が、患者自身で行う事ができる手技であれば、治療の方向性は、その適刺激を自分自身で行えるようになることです。
ゴール設定についての細かいやりとりは、割愛していますが、痛みをゼロにするという目標ではなく、痛みを自己管理していくという方向性で設定しています。
これが、一番正しい治療方法かは別として、とりあえず正しいと言えそうな事を提供する事ができます。
これが「実際の対処法を専門的立場から提供すること」にあたると考えています。
さらなる適刺激を探す必要があるといえる状況になるまでは、必要以上の介入は患者を病院漬けにさせてしまう可能性がある事に留意し行いませんでした。
1週間この方法で自己管理を行い問題が解決しない場合は、再度来院するように伝え終了しました。
まとめ
ここまでの記事は、患者とのやり取りを実際の治療場面をイメージできるようにケースを挙げて流れを記述しました。
具体的な治療方法を解説するという意図はないため、治療方法等についての詳細は説明していません。
ちなみに、この二番目に行ったとされる治療は、実際に上記の過程を通して、私自身で、その効果を検証してきたものです。「腰を反らす時の痛み」、「前屈からの復位時の痛み」、「立ちがり時の腰の伸ばしにくさ」には効果があると思います。
そして、この刺激を座位や立位で、患者の腰を反らす動きを実際に行っいながら実施すると、より効果が出るという反応を確認しています。
この方法は、自動運動併用モビリゼーションを推奨する治療手技と見た目は似ているかもしれません。その手技をパクっているわけでも、それとは異なる別の手技だという意味でもありません。
私自身の臨床での検証過程を通して得られた経験から、良い変化を出す事ができる物理的な刺激方法だと判断できた手技です。
ここにエビデンスはありませんし、その改善のメカニズムについても一切考慮していません。
痛みの原因部位は、椎間関節かもしれませんし、多裂筋への刺激が要因かもしれませんし、他の未知な生体力学的変化を与えているのかもしれません。
「どういう刺激で痛くなるか?」という事と同じように、「どういう刺激で良くなるか」を探しているだけです。
しかし、私なりの検証作業によって効果があると確認できた、私にとって頼りになる手技の一つです。もし宜しければ、適応する患者がいれば試してみて頂ければと思います。
【最後に】
前記事と合わせてここで紹介した、適刺激を探していく流れは試行錯誤による推論法を選択した場合を説明しています。
この方法が、唯一の推論様式ではありません。
臨床現場で採用される推論様式は、患者とセラピストの置かれている状態で、柔軟に変化するものです。
最初は試行錯誤法で進めていたクリニカルリーズニングが、その後、その他の推論方法に変更したり、同時に進行させる場合もあります。
その他の推論方法自体の説明については、特集シリーズ「代表的な4つの推論様式」にて解説を行なっています。
今回の付録記事では、オリエンテーションや、ゴール設定について説明した部分は割愛していますが、こちらも重要な事なので、宜しければ、そちらも合わせてご確認下さい。
特集 » 痛み治療のクリニカルリーズニング
- 1.痛み治療の進め方 -治療を停滞させない為に-
- 2.症状に良い反応を示す手技の見つけ方 -適刺激という考え方-
- 3.適刺激を見極めるための臨床的な視点
- 4.徒手療法を用いる前に行うオリエンテーションの重要性
- 5.疼痛治療におけるゴール設定の考え方・目標設定時の注意点
- 6.よく形成された目標(ウェルホームドゴール)を設定する為の医療面接
- 7.価値のない悪化について ~イリタビリティー、センシティビティー~
- 8.効果判定のための準備(疼痛を再現させる他の動作や検査)
- 9.治療刺激の調整 ~より最適化された治療刺激へ~
- 10.初回の治療終了時にやるべき事
- 【付録】ケースで学ぶ適刺激を見つける過程
- 【付録】ケースで学ぶ適刺激を見つける過程2