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「7.価値のない悪化について ~イリタビリティー、センシティビティー~」
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7.価値のない悪化について ~イリタビリティー、センシティビティー~

セラピストが用いる徒手的な検査や、同特集シリーズのこれまでの記事で説明してきた「コンパラブルサインの確認」、「試験的な治療」などは、患者の症状に何らかの意図的な変化を起こそうとしています。

特定の運動や姿勢をとらせる事によって疼痛を再現させようとしたり、痛みの原因と思われる部位・組織に物理的刺激を加え、疼痛の再現や症状の変化をみようとしています。

この変化を読み取りながら治療を展開していくスタイルをとっていると、仮に症状の悪化などの悪い反応さえもヒントにできるようになります。つまり、悪い反応を「悪」だとか、「価値のない事」など一緒くたには捉えません。

今回は、「価値のない悪化とは何か?」について解説していきます。

 

「価値のない悪化」について

セラピストが目の前の患者の症状を再現させたり、物理的刺激を加えたりする際に気をつけなければいけないのは、「そもそも症状を変化させるような試みを行なっても良い状態なのか?」です。

例えば、発症から数日しか経っておらず、患部が腫れ上がり、まともに体重をかける事ができないような分かりやすい状態であれば、医療従事者であれば、余計な事をせずに安静を選択すべきと判断できます。

しかし、もう既に数週間が経過し、徐々に体重をかけられるが、まだ痛みと可動域制限が残っている患者に対して、

  1. もう少し安静を選ぶべきか、
  2. 無難に患部外トレーニングを入れるか、
  3. 患部に対する直接的な介入を行うべきか、

こういった状況に置かれると、頭を悩ましてしまいます。

 

悪化はヒントになるが、全ての悪化がヒントになるわけではない

疼痛を増悪させる事により、病態を悪化させたり、より複雑化させたり、患者との治療関係を悪化させてしまっては治療は進みません。

悪化もヒントになるとこれまでの記事で触れましたが、全ての悪化がヒントになるという意味ではありません。

価値のある事か否かを判断する材料がなければ、悪化がヒントになる事はまずありません。

 

痛みの特徴をとらえる3つのポイント

徒手的な介入を行う上では、イリタビリティー、センシティビティー、セビリティーという臨床的な概念を理解できていると、先ほど挙げたように、目の前で起きた「悪化という現象」が価値のあるもの(ヒントにできる範囲の悪化)か、価値のないものかを判断することができるようになります。

イメージしやすいように、前屈動作時の最終域で腰痛を訴える患者を例に説明していきます。

①イリタビリティー irritability

症状が再現されてから元の状態に戻るまでに要する時間的な程度(誘発した腰痛が消失しにくいなど)

例)立位姿勢から前屈動作をした時に出現した痛みが、前屈動作を止め、もとの立位姿勢に戻った時に、まだ痛みが残っているか、そして、その回復にかかる時間がどの程度か

 

②センシティビティー sensitivity

刺激に対する反応の増幅の有無や程度 (誘発した腰痛がさらに誘発しやすくなっているなど) 

例)立位姿勢から前屈動作をした時に、前屈最終域で疼痛が再現されたのが2回目、3回目と数を重ねると疼痛が再現される可動域が狭くなり(最終域の手前で)、疼痛が再現されやすくなるといった変化

 

③セビリティー severity

疼痛による動作の停止や制限の有無や程度(誘発した腰痛が動作を大きく制限する)

例)立位姿勢から前屈動作をした時に、疼痛が出るところまで動作を行えるが、腰痛が再現されたとたんに前屈動作を中止しなければならない(最終域で「ここで痛みが出ます」と会話もできない)状態など

 

これらの特徴を有する状態では、基本的には検査や積極的な治療は行えません。

やればやる程、悪化してしまうので、これらの状態を確認できれば、その日の検査をそのまま終了します。

もし、これらの状態に対して治療刺激を加えた事により結果的に悪化がみられた場合は、新たな治療行動が展開されるので判断の分岐点とはなりますが、出来れば出したくない反応なので、この場合にみられる悪化は「価値のない悪化」と捉えます。

実際の現場での対処としては、発症からの時間的な要因であれば、落ち着くまで時間を待つ事になり、この状態を持続させる要因があれば、それを現時点では行わないように(前屈最終域まで及ぶような動作や活動の制限など)説明をします。

 

上記の3つが陽性でなければ、基本的には検査を制限する必要はありませんし、その後の試験的な治療で悪化しているかもと思わせる所見がみられても、「ターゲットとしているポイントは、当たっているかもしれない」と考える事ができ、治療方向や刺激強度・頻度を調整すれば適刺激は見つかるかもしれないと判断の材料にする事ができるはずです。

 

痛みの特徴をとらえる為の実際のやりとり

ここからは、疼痛の特徴を確認する際の患者とのやりとりを書いていきます。

前屈動作でコンパラブルサイン陽性となり、腰の痛みが再現された場合を説明していきます。腰痛が再現されたら、前屈動作を止め開始肢位である立位姿勢に戻ります。

そこで患者に以下の質問をします。

 

「今、再現された前屈時の腰痛は、前屈を止めてしまえば、もう痛みはなくなって(元の状態に戻って)いますか?」

この質問は、イリタビリティーを確認しています。

開始肢位に戻った時に問題がなければ、もう一度、同じ動作を行ってもらい、腰痛が同じように出現するかをみてみます。もう一度、行って頂く事で再現性とセンシティビティーを同時に確認できます。

 

「先ほどより痛い、前屈しにくくなっている、といった事はありませんか?」

実際に前屈がやりにくくなっていれば、セラピストからも解りやすいですが、患者の主観的要素だけの場合は、さらに複数回やってみるのも良いかもしれません。

再現性がなければベースラインを現時点では把握しきれていないと判断できます。

ここまで確認できれば基本的にはセビリティーについても問題ないと思いますが、疼痛が出ている状態で問診を加える価値がありますので、それを行いながらセビリティーも確認していきます。

 

「すみませんが、もう一度前屈をして頂いて、腰のどこに痛みが出ているか、指し示してもらってもいいでしょうか?」

患者が前屈位のまま、痛みが出ている場所を指し示せればセビリティーは考慮する必要がありません。

また指し示した事によって、疼痛部位の確からしさが格段に上がります(言葉のみの説明や、現在は出ていない痛みの場所を聞く事は、正確性を欠いてしまいます)。

さらに、「この痛みはどのような質の痛みですか?」と聞く事で、後の適刺激を探していくやりとりを非常に楽なものにする事ができます。もちろん、疼痛動作を交えながら説明できれば、セビリティーは低いと判断できます。

 

「疼痛の質」についても聞いておく

疼痛の質を聞く事は、患者とより正確なコミュニケーションをとる上で非常に大きな意義があります。

検査・治療の過程を通して、患者は様々な身体感覚を感じています。

それを全て報告されてしまったら、今治療しているものと無関係な身体感覚まで含めてしまうことになる為、セラピストが1つ1つの報告をどのように解釈すれば良いかを迷わせてしまいます。

なかには、数年前にあった痛みを、今、感じている痛みと混同して話す患者もいます。

数多くの情報は欲しいですが、症状とは無関係な情報については必要ありません。

 

疼痛の質を名詞化できれば、評価はより鮮明なものになる。

もし、「ズキズキと疼く感じ」と今感じるている痛みを報告してくれた場合は、その後に続く評価の中で、他の要因で痛みが再現された時に、「あのズキズキと疼く感じの腰の痛みと関係している感じがしますか?」と患者の言葉を使って聞く事ができます。

もちろん、痛みの「質」から原因の仮説をたてる事もできますが、患者の言っている痛みを名詞化する事ができるという事に価値があります。

名詞化する事により、あらゆる身体感覚に注意が散漫になってしまう患者には非常に有効なコミュニケーションツールとなります。

痛みの質を聞くというのは、「今はこの痛みを対象として、適刺激を探していますよ。」というメッセージを送りやすくなるという意義があります。

 

名詞化した疼痛でイリタビリティーとセンシティビティーを評価

ここまでの確からしい情報から得られた患者の言葉を利用して、名詞化された疼痛を主語にコミュニケーションをとる事ができます。

 

「動かした時にあったズキズキは、その動きをやめても続いていますか?」

→ イリタビリティーの評価

 

「先ほどのズキズキとした痛みがより、強いズキズキに変わっていませんか?」

→ センシティビティーの評価

 

上記のような質問ができていれば、疼痛そのものの評価を行えているという事ができ、その後の検査や試験的な治療で起きるであろう様々な反応を丁寧に聞き取る事ができます。

もちろん、これらの質問に「はい」という返答がある状態になるのであれば、これを「価値のない悪化」と判断して、これ以上の積極的な評価を一旦中止とする事ができます。

 

まとめ

ここで説明した事は、初回の評価に限らず、試験的治療の際にも利用できます。

物理的刺激を加えるさいに、「押されている痛みが、増してくるような感じはありませんか?」や、刺激を止めた後に「押していた時に感じた痛みが、それを止めてもまだ痛むという事はありませんか?」などです。

もし悪い反応がみられた場合は、「この悪化している感じは、先ほど教えて頂いたズキズキと疼く感じの腰の痛みですか?それとも別の問題ですか?」と確認をとる事もできます。

こういった反応が無ければ、物理的刺激を続けてもとりあえずは問題ないと判断する事ができます。

そして、対象としている痛みを名詞化できていれば、これらのやりとりは非常にスムーズにいきます。

イリタビリティー、センシティビティー、セビリティーがない状態での症状の悪化は、「とりあえず価値のある反応かもしれない」と治療の可能性を見出す事ができます。

つまり、悪化させたとしても、「すぐに悪いものとは言えない」と考える事ができれば、患者の疼痛を悪化させる可能性を必要以上に恐れる事はないので、検証作業を円滑にでき、セラピストの精神的負担も軽減できるものと思います。


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