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「【付録】シングルケースによる個々の患者に対する痛み治療の報告」
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【付録】シングルケースによる個々の患者に対する痛み治療の報告

特集シリーズ「シングルケース研究法」では、これまでシングルケース研究法について3つの記事で解説してきました。今回の記事は、この特集シリーズの付録記事となっています。

本特集シリーズで伝えたかった事の1つですが、シングルケース研究は、臨床に従事しているセラピストにとって、自身の臨床での知見を発表する際に非常に優れた方法です。

 

利点を生かせる領域でベストな研究手法を用いる

最近の学会誌、ジャーナル類などを見ると、シングルケース研究法や質的研究といわれる、多標本実験計画とは異なる実験・研究が論文として発表されてはいますが、「標本数が少ない」という理由で、これらの研究法が低く評価されてしまっているのが、いまの現状ではないでしょうか。

私がシングルケース研究法で全国学会で発表した際には、「今度は標本を集めて、統計学的に分析すると面白いかもね」といった助言を頂きました。

この助言も理解できますが、シングルケース研究法の先にあるのが多標本実験計画ではなく、優劣というよりも、それぞれの利点を生かせる領域で、ベストな研究手法を用いるべきです。

そして、「個々の患者に対する痛み治療の経過をみていく」という事においては、シングルケース研究法は非常に優れた方法です。

少数例を客観的・科学的に深く追求する方法がシングルケース研究で、そこで得られた知見も含めて行う医療がEBMではないかと思っています。

この付録記事は、シングルケース研究の一例として、私が実際に全国学会で発表させて頂いたものをベースにして、解説を加えています。

なお、以前に全国理学療法士学会で発表させて頂いた自身の研究を、記事化する上で部分的に加筆していますが、研究内容そのものは一切修正を加えていません。なお、いくつかのスライド画像が掲載されていますが、これは実際に発表する際に用いたスライドの一部となっています。

 

腰椎椎間板ヘルニア摘出術数日後に下肢痛が出現した患者の治療経験

―神経根損傷が末梢神経におよぼす影響について―

【目的】

二重挫滅症候群(double crush syndrome)は、UptonとMaComas(1973)による「手根管症候群、肘部管症候群の患者の70%に頚椎神経根障害を合併していた」との報告に始まる。

これは、末梢神経の近位部に絞扼障害がある場合、軸索流が障害され、神経の遠位部は障害されやすくなるという仮説であり、臨床的にも認められ多くの報告が存在する。

しかし、これらは上肢末梢神経絞扼障害に報告されているのみで、下肢末梢神経障害での二重挫滅症候群を考慮した報告はほとんどみられない。

今回、腰部椎間板ヘルニアによる神経根症状を呈した症例の治療経過にて、総腓骨神経圧迫症候群と類似した症状を呈した症例の理学療法を実施する機会を得たので、シングルケーススタディとして、若干の考察を含めて報告する。

 

【方法】

シングルケーススタディのデザインとして反復型実験計画ABABデザインを用いた。対象は、急性発症のL4/5椎間板ヘルニアによる左L5神経根症状(神経脱落症状と腰下肢痛、異常感覚)を呈した48歳の女性である。

MRIにて巨大な脱出ヘルニアを認め、保存療法に抵抗性を示したことから、LOVE法を施された。術後から異常感覚は軽度残存するものの、腰下肢痛は消失した。

4日目から病棟歩行自立となり、その頃から歩行時に下腿近位後外側に疼痛が出現し、下腿前外側~足背~母趾背側の異常感覚が増悪した。

ヘルニア再脱出が疑われ、術後5日目に左L5神経根造影検査を施したが、造影剤Stop像、注入時疼痛反応、注入後の改善ともに認めず、ヘルニアの再脱出を示唆する所見はみられなかった。

術後6日目より理学療法が開始となった。

(初期評価は、以下のスライドの通りとなっています。)

初期理学検査より、腓骨頭後方での総腓骨神経圧迫による症状と仮説し、独立変数を腓骨腹側誘導(総腓骨神経圧迫の解除)、従属変数を痛みの主観的評価法であるnumeric rating scale(以下、NRS)とした。

第一期基礎水準測定期(以下、A一期)を術後6日目から8日目とした。第一期操作導入期(以下、B一期)を術後9日目から11日目とした。

従属変数が真に独立変性によって変化したのかを明らかにする為に第二期水準測定期(以下、A二期)を術後12日目から14日目、第二期操作導入期(以下、B二期)を術後15日目から17日目と設定した(第一期AB、第二期AB、各3日計12日間)。

なお、Aでは、ホットパック、神経系モビライゼーション、下肢・体幹筋力強化訓練を、Bでは、上述の治療に加え、腓骨頭の腹側モビライゼーション及び、テープ療法による腓骨頭の腹側誘導を実施した。

ABともに治療時の原則として、疼痛が出現及び増悪しない事とし、治療後にNRSを実施した。

測定結果の分析は、二分平均値法を用いた。

【結果】

B一期でのモビライゼーション及びテープ療法による腓骨頭腹側誘導を実施し、痛みの主観的評価であるNRSが改善した。

第二期Bでも操作の効果に再現性が認められた。

回帰直線の傾きの差は認めないものの、操作導入期(B)でNRSの低値を示した。

【考察】

内的妥当性(実験そのものの、確からしさ)について以下のように判断した。

成熟 自然治癒は第二期基礎水準期を設定することにより否定。
変動 基礎水準期の安定性を認め、各期での測定値の極端な変動はみられない、また、測定法は固体内での比較に問題なし。
盲検化 少数症例の場合、基礎水準期と操作導入期の無作為性と盲検化に関する重要性は低いとされている。

よって、本実験の内的妥当性は保たれているとした。

術前の詳細な評価と、ヘルニア摘出による症状の劇的な改善等からも、初期の病態は腰部椎間板ヘルニアによる神経根障害であったと思われる。

しかし、術後4日目に増悪した下腿以下の症状は、神経根造影検査からも椎間板ヘルニア再発による神経根症状とは考えにくく、症状・所見も総腓骨神経圧迫症候群を示唆するものであった。

事前確率として、腰痛より下肢痛を強く訴え、その部位が膝窩部より遠位である場合、LDHを示唆する。本症例の術前の状態が該当する。

また、SLRテストはLDHで感度の高い検査であり、陰性なら除外する事ができる。

これらを考慮すると、術前の症状は、LDHによるものであり、術後の症状はLDHによるものではないということができる。

術後の症状は、損傷した神経根の回復を待たずして、L5神経根を含む総腓骨神経に機械的ストレスが加わった為に、二重挫滅症候群に類似した臨床像を呈したものと考えた。

総腓骨神経の圧迫因子としていくつかの報告がある。

本調査では、腓骨頭の腹側誘導にて明らかな改善を認めた事から、腓骨頭後方での総腓骨神経の圧迫症状であったと考える。

腰部椎間板ヘルニアは、保存療法が選択されることが多い事からも、二重挫滅症候群の存在を考慮する必要があると思われる。

【理学療法学研究としての意義】

腰部神経根症による下肢痛を呈する症例に対して、神経学的検査やSLRTやFNSTなどに代表される神経根緊張検査に加え、各末梢神経の触診や絞扼因子を考慮した理学検査項目を追加する必要性を提示している。

本症例と似たような症状・兆候を示す患者に対しても、同様の検査・治療を行い、症状の改善(従属変数の変化)が得られるかをみていく事で、腓骨頭の腹側モビライゼーションが有効といえる患者の特徴を臨床的に見つけ出せるものと考えられる。

 

まとめ

今回の記事は、シングルケース研究の一例として、実際に学会発表させて頂いた研究を記事にしたものです。

この時点での一般化は無理ですが、もし、上記のような症例が複数現れた時に、一般化できるかもしれません。

 

研究の結論そのものについては、ひとまず置いておくとして、上記の通り、臨床に従事している理学療法士が、日頃の臨床で得られた経験を報告するためには、非常に優れた方法だということが伝わるのではないかと思います。

この研究手法は、決して多標本実験計画の劣化版ではありません。

この手法を臨床に取り入れるために、もう少し詳しく知りたいという方は、参考・引用欄に記載している「シングルケース研究法 新しい実験計画とその応用|岩本隆茂、川俣甲子夫」が分かりやすくておすすめです。




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