今回の記事は、シングルケース研究法を臨床で活用する事について解説する内容となっています。
なお、ここで行う解説は、外来理学療法(外来リハビリテーション)などでよくある「痛み治療場面」を想定して、説明しています。
この記事の目次
シングルケース研究を活用する臨床場面
担当している患者に対して、何かしらの治療を行なった場面を想定してください。
とりあえず、特殊な治療などは考えずに、極一般的な治療を施したと考えてください。
この時に、もし症状が改善すれば、それはそれで良い事なのですが、それが一般的な治療によるものなのか否かは、実は結論付ける事ができません。
この状況で言える事は、「一般的な治療で良くなったかもしれないし、そうでないかもしれない。」となります。よく理学療法士が口にする「良くなれば、なんでも良い」と言われるような状況です。
つまり、どれだけ治療が上手いセラピストであると自負していても、結局、結論のない考察(「改善は、治療によるものかもしれないし、そうでないかもしれない。」という考察)しかできないという事を理解しておく必要があります。
ただし、前提条件として、症状を有する期間が比較的長く、かつ安定しており、今後もこの症状が続くであろうと予測される患者については、その一般的な治療で良くなった場合は、「一般的な治療によるものの可能性が高い」と言う事ができるようになります。
「最初に用いた治療で改善しない患者」が実験対象
今回の記事で重要になってくるのはここからです。
一般的な治療で効果がみられず(結果的に、第一基礎水準期(B)と解釈する事ができます。) 、新たな治療法を選択する必要が出てきた時に、この効果が出てなかった期間を一つの比較対象にした試行錯誤法によるクリニカルリーズニングと同様の事ができます。
治療の成果を見ながら柔軟に研究デザインを変更
治療刺激になりうる手技を患者の反応をみながら探していき、試験的な治療の過程で「これは良い反応が出ているかも」というのを治療介入(操作・独立変数、例としては「腓骨頭の腹側誘導」)とし、これにより良い反応が出現した場合は、そのまま治療導入期(A)とし、BABA型の反復型実験計画で、個々の症例に適した方法だという事を科学的に証明しようとする実験を開始する事ができます。
もし、この方法でも効果が出現しない場合は、また新たな治療手技を選択する事になるのですが、この時のデザインはABC型デザインと呼ばれるものを選択(当初のBABA型から変更)する事になります。
このABC型については、今回のシングルケース研究法の解説では、記事の都合上割愛しましたが、操作をいくつも行い、この複数の操作間での比較を行う方法となります。
このABC型を選択した場合は、治療期の解釈が変更されます。
最初に行った一般的な治療をA期とし、次の治療をB期、そしてその次をC期、もっと増やす必要があれば、D期、E期と続いていきます。
例えば、E期(つまり、5つ目の治療介入)で、「この治療刺激に反応しているかも」という臨床的な理学療法士の気づきがあれば、そのE期で行っている治療を、新たな研究デザインとしてBABA型を用いて、先ほどのE期で行った治療と症状の改善の因果関係があるのかを検証していけばいいのです。
臨床と研究にズレが起きにくい
手順を一つずつ踏まなければならない点では、面倒くささはありますが、臨床で行っている治療を選択・却下する過程と大きなずれがありません。
臨床で治療をすすめながら研究を行う事ができ、そこでしっかり効果検証ができていれば、それがそのまま研究結果として成立します。
従属変数に用いる項目も、他の特集記事「痛み治療のクリニカルリーズニング」で説明してきた複数の評価項目を利用できます。
トライアンギュレーションを行うために、コンパラブルサイン、疼痛関連動作、疼痛関連運動、患者の主観(VASやNRS)、などで多角的に検証する事が重要と述べましたが、それらがそのまま従属変数となります。
シングルケース研究を臨床での状況に合わせて利用する時、何が基礎水準期で何が操作導入期なのかは、治療結果によって流動的に変化するため、その部分を頭の中で整理しながら行う必要がありますが、その流動性が結果的に臨床で利用する事に柔軟に対応してくれます。
制限はあるが、研究成果の一般化も可能
「たまたまかもしれないが、効果のあった治療刺激」を見つける事ができた時に、次に考える事は、「類似した他の患者でも同様の治療が効果を示すのか?」という新しい疑問です。
これは、一般化や外的妥当性と呼ばれるものです。
研究の究極の目標は、研究成果を理論化する事ができるかです。
たまたまかもしれないが、効果のあった治療刺激が見つかれば、今度は色々な人(基本的には類似した人ですが、ここではまだ何を類似といえるか不明な為、「色々な人」という表現になります。)に試してみて、どういった人に同様の成果を出す事ができるかが論点となります。
シングルケース研究の成果を一般化する方法
ここからは、このシングルケース研究法で出た結論を一般化していく事について考えていきます。
下の画像は、前回の記事で紹介したシングルケース研究での流れを示したものです。
そして、そこから色々な患者(ここでは、同様の症状を訴える患者に限定したとして、患者Bと患者Cを例に出しています)に対して同様の治療手技を、反復型実験計画で検証していきます。
仮に患者Bも患者Cも改善という反応がみられた場合、この3人の患者の共通項が、ここで用いた治療手技を適応すべき患者像と考察する事ができます。
(ここでは、実証のみでの一般化を挙げていますが、反証過程もとおして一般化する事が求められます。)
最初は、完全に個々の患者に対してしか言えなかった事が、複数のシングルケース研究を通して、ある程度限定された患者像に対して言える事に変化します。
これが一般化と言われるものです。
シングルケース研究法についてまとめると、もっとも特徴的なのは、その簡便性で、臨床で患者をみながら、その臨床をそのまま研究として取り組む事ができる点です。
そして、そこで出た結論に関して科学的に検証されていると言うことができます。
シングルケース研究法の特徴まとめ
- 導入の簡便性:臨床で実行可能であり、追試が容易
- 治療の効果判定:治療の効果の判定に強力な科学的根拠
- 一般化可能性:より大きな集団への一般化は難しいが、固有の条件を有する患者を対象に適応可能
臨床家にとっては、とても有効な研究手段です。
シングルケース研究法が多標本実験計画に劣ると早急な判断をせず、その特徴を把握する事が大切です。
まとめ
シングルケース研究法を理学療法士の臨床に利用する事を解説は以上となります。
本特集シリーズは、不十分ではあると思いますが、多標本実験計画と比較した上でのシングルケース研究法の特徴や、臨床での活用法などを解説してきました。
はじめて「シングルケース研究法」という言葉を目にした方がもしいるのでしたら、この特集シリーズが知るきっかけになれば幸いです。
もし、この分野において詳しく勉強されている先生がいましたら、記事中の間違いなどはご指摘頂けると、大変嬉しく思います。
以前参加した全国学会で目にした光景は、想像を絶していて、臨床を表現するような発表は正直ほとんど無く、臨床には従事していない大学院生が大変多く活躍していたなと記憶しています。
また、座長に選出されている先生方も、臨床にはおられない学校の先生方ばかりでした。
臨床で活躍している先生方ではなく、患者をみていない大学院生が活躍する理学療法士の発表会って何なんだ、と驚きました。
県学会の方がよっぽど面白い発表があります。しかし、その発表を全国でできるかというとレベルが低いと言われ一蹴されてしまいます。
臨床家が日頃の臨床のリアルを発表しにくい研究スタイルや学術大会に、臨床を発展させるものがあるのかという大きな疑問があります。
臨床で頑張っている先生方の日頃の知見を気軽に話し合える場があれば、その方が凄く臨床に活きるのではないかと考えています。
この会員限定サイトには、臨床で見つけた法則とか、自分なりの工夫などを同僚や同志の仲間たちと意見交換するように、お互いを知らない療法士同士でもできるように「みんなの症例報告」という場を設けています。良かったら有効にご活用下さい。