徒手療法を用いて治療を進めていく上で、そのセラピストが「何をヒントに、この手技を選択したか」だとか、「何でそこが治療のポイントだと思ったのか」という事を疑問に感じる事があります。
その治療をしようと思った理由というものには、その傾向性があると思いますが、セラピストによって意外とまちまちで、別のセラピストでは考えもしていなかった事を、治療のヒントにしているセラピストもいたりします。
この点について、私なりの見解を書いていきたいと思いますが、これを2部構成とし、今回の記事では、話の前提となる「機能異常」と「機能障害」について解説していきたいと思います。
この記事の目次
何故そこを治療しているのか
まずは、「何故そこを治療しているのか」を聞かれた時に、「一般的には好まれない理由」の例を先に出します。
- 患者がそこを痛いと言ったから
- 患者がそこを揉んで欲しいと言ったから
- 緊張が高かったから(硬かったから)
こういう理由のもと治療を行っている場合、そこにはリーズニングがないのでは?と思われる傾向にあります。
特別な理由がないのに、「硬かったからマッサージしている」と言うと、よく考えている(つもりの)療法士にとっては、その返答を「何も考えないで治療している」と思ってしまうようです。
今度は、先ほどとは反対に、理学療法士が「そこを治療する」という理由として「正しい」としているものについての例を出したいと思いますが、まずその前に、機能異常と機能障害の違いについての解説を行います。
機能異常、機能障害とは?
機能異常とは、組織や、その機能の異常が、症状を呈している原因と考えられるものです。
「これが痛みを出している原因です」という理学療法士の仮説がこれに当たります。
機能障害というのは、何かしらの機能の問題によって、機能異常が出現している原因になっているものになります。
機能異常を作り出す身体的原因の中から、さらに機能的な不具合についてを機能障害と言っています。
症状が良くなった時、機能異常が改善したのか、機能障害が改善したのか
では、治療によって改善がみられたという状況を考えてみます。
例えば、
「腰が痛いという患者の腰方形筋を治療してみると、症状の改善がみられた。」
この場合、この腰方形筋は「機能異常」なのか、「機能障害」なのか、どちらなのでしょうか?
この状況では、機能異常と断定する事ができません。
確かに腰方形筋に何かしら治療刺激を加え、症状の変化がみられたなら、症状を出している組織が腰方形筋であり、この「改善した」という反応を理由に機能異常という事が言えそうな気がします。
しかし、腰方形筋の機能は、腸骨(骨盤)に影響を与える事ができるし、胸腰筋膜にも影響を与えます。
下位肋骨のアライメントにも影響を与えるし、内臓器にも影響を与えます。
直接的でないにしても、機能的な繋がりのある遠位の何かしらの骨格筋にも影響を与えているはずです。
つまり、腰方形筋が機能障害に陥り、他の組織の機能異常を惹起させていたかもしれません。腰方形筋の治療によって、他の組織の機能異常を惹起させなくなったと考える事ができてしまいます。
なので、この状況では、機能異常と断定する事は出来ません。つまり、治ったから痛みの原因組織だったという事が出来ません。
機能異常と機能障害を分けて考える意義
機能異常と機能障害を分類する必要があるかについては、意見が分かれそうな気もしますが、機能異常というものを明確にする事ができれば、以下のように発展します。
「○○の機能異常は、○○という症状を出す傾向にある」という事が言えれば、
今度は、
「○○という症状をを訴える場合は、○○という機能異常を考える事ができる。」
という事も言えるようになり、この経験が、今後のクリニカルリーズニングの複雑さを助けてくれる知識として蓄積されます。
もし、機能異常なのか、機能障害なのかが曖昧な場合は、この治療によって良くなったものが、何なのかがわからなくなってしまいます。
この治療は、どういった人に効くのか、どういった症状の人に効くのか、これを整理できていなければ、改善させる事ができた経験を、これから先の自身のクリニカルリーズニングに生かす事ができなくなってしまいます。
機能異常を断定する方法
では、機能異常と断定する場合、それはどのように行われているんでしょうか?
基本的には、用いた刺激によって痛みを誘発する事ができ、それが他と矛盾しない所見を示す場合です。
少し腰椎の機能解剖をイメージしながら読まないと理解しづらいかと思います。ややこしく感じる方は、飛ばし読みして下さい。
ここを読まなくても意味は繋がるように解説します。飛ばし読みする方は、下にある横線まで画面をスクロールして下さい。
例えば、
- 立位姿勢での腰椎の伸展で腰痛を再現でき、
- 右側屈でも痛みが再現された。
- そして左回旋によっても痛みが誘発された。
- 伸展位での左回旋のカップリングモーションで最大の痛みを誘発。
- それ以外の腰椎の自動・他動運動では痛みは誘発されなかった。
腹臥位になってもらい、フェーダーテストを全セグメントに対して行うと、
- 全腰椎を通して、あまり痛がらないが、
- パピーポジションで行ったところ、L5腰椎で痛みが誘発された。
右側臥位になってもらい、腰部が伸展位になるように調整し、それから右腰部にタオルを入れるなどして軽度右側屈位となるように患者の姿勢を調整した上で、
- L4/5椎間に左回旋の刺激を加えたが疼痛を誘発する事ができず、
- 今度は下位の椎間に同様の事を行うと疼痛が誘発された。
(文字ばかりの説明で申し訳ありません。読みずらかった方は、上記部分を気にせずに、ここから読み進めて下さい。)
この状況なら右のL5/S1椎間関節性疼痛という事が言えそうです。
もちろん周りの靭帯・筋肉にも刺激が加わるので、確実とは言えなくても、
右L5/S1椎間関節性疼痛で反応すべき特定の刺激に、辻褄が合う反応を示しているので、いきなり他の組織の機能異常に関する仮説を出してくるよりは、論理的で健全であると言えそうです。
なお、ドイツ徒手医学では、右L5/S1椎間関節のコンバーゲンス障害と表現します。
そして、辻褄の合う疼痛反応を示した上で、その症状である疼痛もしっかり誘発できているので、ここまで診る事が出来ていれば、そのセラピスト自身の中に、
「右L5/S1椎間関節の機能異常は、○○という症状を呈する」
※ ○○という症状=患者の訴えている症状
という経験を蓄積させる事ができ、新たに担当となった患者が似たような腰痛を訴えた場合には、片側のL5/S1椎間関節の機能異常を考える事が許されます。
テキストで見るL5/S1椎間関節の機能異常の典型的な症状という知識に加え、実体験を通して得た、そのセラピストの経験が今後のクリニカルリーズニングを発展させてくれます。
ポイントを整理
ここで、何がポイントであったかという事を振り返って考えてみると、
- 「理学療法士が用いた物理的刺激によって患者の言う症状を誘発する事ができた」
という事と、
- 「辻褄の合う所見が得られた」
という2つです。
用いた(疼痛誘発の為の)物理刺激が、特定の組織のみを刺激している保証はないかもしれないが、特定の組織を思わせる反応を示し続けたという事が重要です。
もし、腹臥位の検査でフェーダーテストを行った場合に、パピーポジションでは痛みが再現されず、腹臥位で痛みが誘発され、腹部下に枕を入れる事により腰椎前弯を減少させた位置では、もっと強い痛みを誘発したとなると、辻褄は合わなくなってしまうので、
痛みを誘発させる事ができても、この場合は、早急に右L5/S1椎間関節の機能異常という事は言えなくなってしまいます。
なお、この時に仮説演繹法を用いて推論を行なっていれば、たった1つの反証所見でその仮説が却下される事はないので、「右L5/S1椎間関節の機能異常とは絶対に言えない」とまではなりません。
もし、上記の条件を有さずに、試験的な治療でL5/S1椎間関節のモビライゼーションと言われるような治療をしてみて、改善を示す事ができたとしても、それは、
機能障害が改善し症状が惹起されなくなっているのか、機能異常が治療されたのかは分からなくなってしまいます。
この場合は、機能障害と考える方が健全で、機能異常については不明のままで構わないと思います。
治療経験を通して蓄積したいのは確かな情報なので、機能異常か機能障害かわからない情報をごちゃ混ぜにしてしまうと、今後、「症状を聞く→原因予測する」という推論を行おうとした際に、自身のクリニカルリーズニングを混乱させてしまう可能性が出てきます。
機能異常と機能障害を分けて考えない学派もありますが、自身の経験を丁寧に蓄積する為には、
「改善させる事ができた」という事に加えて、
- 辻褄の合う所見だったか
- 痛みを再現できていたか
という事をしっかり整理して、そうでないものとは区別しておく事が望ましいと思います。
次の記事では、冒頭に挙げた、徒手療法を用いて治療を進めていく上で、「何をヒントに、この手技を選択したか」や、「何でそこが治療のポイントだと思ったのか」という事について、この記事で説明した「機能障害」や「機能異常」という言葉を交えて解説します。
次の記事 → 11.何をヒントに治療を行うか②