シリーズ4「手技総論」の前回記事であげたグレードに関する解説で、直接法という言葉が出てきました。これとは反対の治療法が間接法と呼ばれるものです。
この二つについて改めて解説を加えるとともに、手技が何を治療対象としているかについて解説していきます。
この記事の目次
直接法とは? 直接法を用いた治療
可動域制限がある場合、この制限を治療しようとした時に、制限をのり越えようとするような治療を直接法と表現します。
例えば、肩関節の屈曲制限がある患者に対して屈曲方向への関節可動域訓練(ROM–ex)を行う場合などが直接法に当てはまります。
また、下腿三頭筋の短縮などに対するストレッチ(背屈を他動的に加える)も直接法に当てはまります。
間接法とは? 間接法を用いた治療
先ほどの肩の屈曲制限がある場合で言うと、屈曲とは反対の方向、つまり伸展方向への関節可動域訓練を行います。
制限がまったくないところで関節角度をいくらか保持し、その後に屈曲方向への制限が取り除かれていれば、関節法による治療が功を奏した事になります。
下腿三頭筋のストレッチの場合は、伸張する方向ではなく、筋長が短くなる底屈方向へ足関節の角度を他動的にコントロールします。
このように、直接法と間接法は狙っている結果は、同じでも運動学的もしくは生体力学的に逆の治療刺激を用いています。
この違いが何故うまれるかは、患者の呈している症状のメカニズムに対する仮説が異なるからです。
単純に硬さが問題と考えれば、これを伸張する・制限を乗り越えるような物理的刺激を加えます。
また、疼痛閾値が特定の刺激頻度によって上昇するような状態の場合でも、ある程度の制限域(疼痛域)へ入っていくような治療を行う事ができます。
細かい原因は抜きにして、「動いていると痛みが落ち着く」「動き出しだけが痛い」「体が温まると痛みが和らぐ」といったような状態である場合は、直接法を選択する理由の一つになるかと思います。
そうではなく、異常筋緊張による制限と考えれば、緊張を低減させる事により可動域は改善するかもしれません。
緊張しなくて良い状態を作り出し緊張を落とす事ができれば、結果的に「制限は取り除かれる」という考え方が、間接法の考え方です。
直接法と間接法の違い
イメージとしては、直接法は生体力学的な変化をセラピストの手によって起こさせようとし、間接法は何らかの神経反射を想定した治療メカニズムを利用しようとしていると考える事ができるかもしれません。
これらは、どちらが正しいかは一概には言えないし、どちらも結果として改善を起こす事ができる可能性があります。
どんなに、解剖学・生理学、基礎研究などを引っ張り出してきて、直接法(もしくは間接法)の正当性を証明しようとしても、今目の前にいる患者に適切な方法かは、わかりません。
また、症状のメカニズムや、手技の効果のメカニズムは、現時点でもっともらしい説明がなされているかもしれませんが、真実であるという証明がなされていないものがほとんどです。
そして、学派によって矛盾する説明もあったりします。
よって、メカニズムに対する仮説が、理論だっていようが抽象的な解説にとどまっていようが、仮説は仮説でしかありません。
この仮説が間違ってはいないとしても、今目の前にいる患者に当てはまるのかについては、究極のところ証明しようがありません。
これを、「一応は適切な方法であると言えそうだ」という所にまで引き上げる唯一の方法は、プレ・ポストテストによる改善という結果のみです。
しかし、改善したから「これが間違いのない唯一の正しい方法だ」とも決して言えません。
「一応、現時点で適切な方法であると言えそうだ」という所までが限界だと私自身は考えています。
間接法は、患者側への負担が少なくリスクの小さな治療
導入という視点で考えた場合、イリタビリティーやセンシティビティーが存在する場合やセビリティーが高い場合は、とりあえず導入しやすい方法が間接法となります。
治療の初期段階は、多かれ少なかれリスクを考慮すべきです。
「一発で劇的な変化を起こそう!」と賭けに出るよりも、まずは問題を拡大させない、症状を増悪させない、という事を考える必要があります。
この考え方は、ミニマックス法(マクシミン戦略)と呼ばれるもので、徒手的介入よって起こりうる失敗を最小のもの(不利益が起きたとしも予想される範囲内で最も利益がある選択)にしようというものです。
セラピストが症状を悪化させる危険性を感知していれば、いきなり疼痛誘発検査を乱用する事はないし、用いる治療強度が直接法のグレード4である事はないはずです。
この場合に選択されるのが、間接法であったり、直接法の場合は低いグレードの治療強度となります。
特集シリーズ「治療を停滞させない為に」の付録記事「【付録】ケースで学ぶ適刺激を見つける過程」で行なった治療強度の調整は、このミニマックス法からくるものです。
患者の反応を見ながら、起こりうる問題が出ていないと判断できた時に、理学療法士は今用いてる治療の強度を上げる事ができます。
直接法を用いるならグレード表記を理解することが大事
用いる治療手技が直接法である場合は、その強さに関する程度を、理学療法士自身でモニターできている必要があります。その程度を表現しているのが、以前の記事で解説した「治療手技の強さの程度、グレードについての解説」になります。
間接法に関しては、制限や痛みを誘発する方向に向かって治療を行っているわけではないので、4段階で治療強度を表現しようとすると当てはまらなくなってしまいます。
この場合は、3段階のグレード表記によって、どの程度間接法によって理学療法士の治療介入が行われているかを表現できるかもしれません。
しかし、直接法の場合は4段階で、間接法の場合は3段階で、と使い分けると、後々、治療内容を振り返った時に混乱を招く可能性があるので、やはり間接法の時はグレード表記を用いないのが得策かもしれません。
実際、間接法を主体とする治療学派では、グレードに関する解説が行われる事はほとんどなかったと記憶しています。
特定の治療手技を学ばれている方は、その学派で行う手法をベースに、この特集シリーズで解説しているグレードについても合わせて理解しておく事をおすすめします。
治療手技は何を治療しようとしているのか?
直接法にしても間接法にしても、介入しようとしているのは、疼痛を起こしている原因組織や不具合を起こしている機能についてです。
これは、疼痛原因組織や機能異常(dysfanction)、その他の抽象的な表現を用いるとvictim(被害者)と呼ばれるものを治療しようとした時です。
適切な表現かはわかりませんが、痛みが起こる何らかの原因があって、その被害を受けている組織や機能を救済しようとする発想です。
これとは別に、機能障害という言葉があります。
この言葉は、学派によって機能異常(dysfanction)と混同する場合もありますが、機能異常(dysfanction)を起こす身体的原因と考えているものを機能障害(impairment)と呼びます。
また、機能障害と類似した表現で機能不全と用いたり、その他の抽象的な言い方をすると、culprit(犯人)と表現する学派もあります。
先ほどの解説と合わせると、身体内にある疼痛を作り出すような機能の問題(機能障害)を犯人とし、その被害を受けているもの(機能異常)が被害者という事になります。
機能異常に対しての介入(つまり被害者の救済)を行おうとしているのが、徒手的な治療刺激(手技)であると言えます。
しかし、必ずしも被害者の救済に限定しているわけではありません。
腰椎に対する関節モビリゼーション
例えば、腰椎で考えた場合、不安定性や過剰運動性を有する椎間で痛みが出ており、その隣接する椎間に過少運動性(拘縮)のある関節があって、この過少運動性の椎間に対して関節モビリゼーションを加えようと考えた場合に先ほどのような表現に置き換えてみます。
不安定性や過剰運動性を有し、痛みを出している関節が被害者で、その隣接にある硬い関節が犯人ということになります。(これは、あくまでもセラピストの仮説です。)
また、不安定性を有する関節が被害者で、不安定性という状態を作り出している機能が犯人と考える事もできます。この場合の考え方は、同じ椎間に被害者と犯人が存在しています。
一般的な徒手療法のテキストで解説されている事は、痛みを出している椎間の疼痛閾値を上げるための関節モビリゼーション(可動性を上げようとしているわけではありません。)と、不安定性という状態を作り出している機能の改善を狙ったスタビライゼーショントレーニング(安定化運動)、隣接関節の可動性の改善などを行うように推奨されていたりします。
①疼痛関節の関節モビリゼーション:機能異常の治療、被害者の救済
②安定化運動:機能障害の改善、犯人の逮捕
③隣接関節の関節モビリゼーション:機能障害の改善、犯人の逮捕
まとめ
先ほどの①の場合が、今まで解説してきた適刺激に関する事や、本特集シリーズでこれまで解説してきた部分になります。
運動連鎖を考慮した運動療法や、足底板(インソール)療法などは、②や③といった、犯人の逮捕という考え方に当てはまる可能性があります。
この、被害者である疼痛組織や機能異常(dysfanction)に対して、どのようにアプローチするかで直接法と間接法という分類法が用いられます。
治療法として、「直接法」を選択する場合は、ここで解説したように、治療強度を調整していく事になります。