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「11.何をヒントに治療を行うか②」
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11.何をヒントに治療を行うか②

この記事は、前回の記事と合わせて2部構成になっています。本記事はその2部にあたります。前回の記事では、機能異常と機能障害の解説を中心に行いました。

その理由としては、「理学療法士が治療をしようとしてとった行動は、何を根拠としているのか」について、解説していくためです。

かなり前置きが長くなりましたが、今回の記事では、その点について解説していきたいと思います。

 

もっともらしく聞こえる根拠

良く考えている(つもりの)理学療法士が、特定の箇所を治療しようとした時の理由として、とても聞こえが良いように感じるのは、運動学的に説明しながら、その場所と離れた部位を治療している時です。

例えば、腰部痛を訴える患者で考えてみます。

 

もっともらしく聞こえる「運動学的な根拠」

症状:腰部中央の歩行時の痛み
立位姿勢:腰椎の前弯が目立つ
検査結果:大腿直近の短縮

(読み進めやすい様に、かなり単純な例を挙げています。)

腰椎の過度な前弯に目が行き、そこが問題ではないかと思った結果、腰椎の前弯に関わる筋肉の短縮の有無を確認する検査を実施。

結果、大腿直筋の短縮を確認。

アセスメント:大腿直筋の短縮が骨盤を前傾させ、その結果腰椎は前弯し、歩行時に痛みを呈している。

治療戦略:大腿直筋の短縮に対して、その短縮を改善させるような徒手的な介入を施す。

予測される結果:大腿直筋の伸張性が改善すれば、骨盤を過度に前傾させる因子が取り除かれ、腰椎の前弯が減少して、歩行時痛は改善するだろう。

 

上記のように説明されると、確からしく聞こえてしまいます。

この場合、前回記事で解説した事を合わせると、

機能異常:不明
機能障害:大腿直筋の短縮

という事になり、機能障害へのアプローチを実施している事になります。

治療して改善したとしても、結局何を良くしたのかは、分かりません。

 

ここで欠けていると私が思う部分は、

「そもそも、腰椎の伸展によって痛みが出ていたのか?伸展ストレスを減らすと、痛みは改善していたのか?」です。

さらに「腰椎の伸展によって何が痛んでいたのか?」までは、知りたくなってしまいます。

もしかしたら、腰椎の伸展ではなく、単純に骨盤前傾が問題だったかもしれないし、大腿直筋の痛みを腰に感じていたのかもしれません。

 

推論が中途半端な理由は、疼痛誘発検査が中途半端だから

これらは、疼痛誘発検査を丁寧に行う事で整理できる部分です。

痛みを誘発させて、どういった条件で痛みが出るかを詳細に見なければ、「何が機能異常か?」についての仮説を立てる事は不可能で、全ては根拠のない憶測になってしまいます。

もし、腰椎を伸展させた時の痛みかをしっかり確認していて、その痛みが何か(機能異常)を知っていれば、治療の幅はもっと拡がります。

先ほどの例で、いまいちど考えなければいけない事は、

  1. 過度に前傾している(ように見える)骨盤アライメントを呈する人は、みな腰を痛がるのか?
  2. 過度な前傾が見られない骨盤のアライメントの人は腰を痛がる事はないのか?
  3. 大腿直筋の短縮(機能障害)がある人は、腰に何らかの機能異常を出現させるのか?
  4. 大腿直筋の短縮(機能障害)がない人は、腰の機能異常を誘発させる事はないのか?

これを答えようとすると、「場合によりけり」「その人それぞれ」という曖昧な答えから、「エビデンスとしては認められていて、その傾向性は高い。」や、機能解剖の話をして、それっぽく聞こえるだけの、やっぱり曖昧な答えしかできません。

 

臨床を曖昧にする多くの理由は、「その人」をみていないから

この曖昧と言っているのは「その人には妥当か?」という事に尽きます。

場合によりけり→この人の場合はどうなのか?

エビデンスで認められている→この人の場合は適用可能なのか?

いずれも、この「この人の場合はどうなのか?」に答える事が出来ません。

しかし、

  • 腰椎の伸展時痛を確認し、伸展強制を加えると、その負荷に応じて、ペインレスポンスがあり、腰椎の中間域での伸展方向へのストレスでは誘発しにくくなる。
  • 骨盤のアライメントを微調整した上で、前傾要素を強めるとはっきりと疼痛を再現でき、弱めると誘発しにくくなる。
  • これを、大腿直筋に触れながら行う事で、上記のような所見に何らかの変化が生まれる。(大腿直筋が何らかの影響を与えている。)

となると、仮説として大腿直筋が、この人の症状である腰部の伸展時痛に関与しているという事を挙げる事ができ、短縮テストで陽性だった大腿直筋を伸張してみて、その後改善があるかで判断しようと考える事ができます。

 

ここではじめて、患者の歩行時の腰痛の治療として大腿直筋の伸張を行う事の説明が、先ほどの説明よりも、確からしい理由になっていると思います。

 

仮説の仮説になっていないか?

ここまでを整理すると、患者の言う腰痛と療法士が治療しようとしている行為までの関連付けを憶測で進めない事です。

これを「仮説の仮説」と言ったりしますが、つまりは、推論ではなく「憶測」です。

 

骨盤が過度に前傾しているな。

これでは腰椎の前弯が強くなるな。

腰椎の過度な前弯が痛むのだろう。

 

骨盤を前傾させる要素の1つに大腿直筋がある。

大腿直筋が短縮しているから、これがやっぱり原因だ。

大腿直筋の短縮が骨盤を前傾させ、歩行時の痛みを誘発している。

 

これらは、「仮説に仮説(憶測)」を積み重ねるというリーズニングエラーの1つです。

下矢印は、下の事柄にしっかりリンクしているように見えなくもないですが、実証されていなければ、検証すらもされていません。

 

では、どのように検証作業を進めるのでしょうか?

検証作業(クリニカルリーズニング)をすすめるうえで、以下のような所見がある場合が、判断のヒントになります。

 

1.介入による即時効果

ノルディックシステムで学ばれた方たちは「鑑別検査」と言ったりします。症状の増悪(誘発)/軽減(消失)を見ながら、治療介入部位に迫っていきます。

評価の結果をその場でモニターしながら変化が生まれるかをみていきます。

 

2.機能の左右差

多くの徒手療法学派が用いると思います。

正常と思われる反対側との比較で何かしらのヒントを得ようとします。左右差と一言で言っても、他動運動による可動域の違いや自動運動や筋力などの機能的左右差(客観的な左右差)もあれば、そこには何ら左右差は存在しないが患者自身が左右差として感じる(主観的な左右差)場合まであります。

 

3.正常と思われるものからの逸脱

「これぐらいの可動域があるはずだ。」「押しても本来は痛みを感じないはずだ。」という前提のもと、そこで陽性となったものを異常と捉えます。

 

4.症状の改善

1と似ていますが、試験的治療として特定箇所に介入を行いその結果を治療前と比較します。

例として前述したケースでは、この手法をとっていますが、その前に、症状の関連性を確認できていませんでした。

 

これらが代表的なものになるかと思います。

これらの考え方は、どれが正しいか、理学療法士それぞれで意見が食い違う傾向があり、結局、絶対的なものはないと思います。

 

4つの所見の解釈について

1の場合は、実際に今、目の前の反応から問題に迫っていくので、明らかな検討違いは起こりにくいように思います。SLRテストを行い陽性であった場合に「ブラガード徴候の有無」を確認を追加で行ったり、「シカールテスト(母趾の背屈)陽性の有無」の確認を追加したりするのも、この中に入るかと思います。

 

ポジショナルリリースや神経筋テクニックと呼ばれる手技を多用するセラピストも、即時的な筋の緊張の変化をモニターしながら治療を行っています。

2に関しては、あらゆるテキストで左右差のチェックが推奨されています。David J. Mageeのテキストでは、健側を測定してから患側の検査を行う事が推奨しています。

ただし、左右差があり反対側より低い数値を示す検査結果が疼痛と関与している根拠はありませんので、それ以降の推論がより重要になります。

主観的な左右差については、理学療法士が見てとれる左右差はありませんが、腰痛(主訴)自体が患者の主観ですので、主観的な左右差自体が治療のヒントとなりえます。

3の場合は、「正常から逸脱しているものが原因と言えるのか?」というふうに言うセラピストでも3を治療のヒントにしている事は多くあるように感じます。

例えば、Diane Leeの水銀血圧計のような物を用いた腰部の安定化筋を評価する方法では「○○mmHg以下は検査陽性」だとか、「それ以上になるとアウターを働かせている」など、正常としているものを指標にしています。

他には、画像所見などで言うと、脊柱管内の狭窄率や、脊柱管の形状などが正常から逸脱している場合に、その病名が付く事に何ら違和感を感じない人がほとんどだと思います。

4の場合は、以前の記事でも解説している事です。試験的治療をしてみて、改善する反応があれば(そこが機能異常か機能障害の判断はできなくても)、そこに治療介入すべきだという「その人の治療根拠」がある程度できあがります。

これらの治療のヒントとしているものは、どれか択一にすべきというよりは、これらを総動員して、問題に迫っていくというのが正しいと思っています。

 

たった1つの所見で判断しない事が重要

それぞれがヒントにしているものには、一長一短があり、たった1つの所見で判断を決定できるような絶対的な物はないと思います。

前回の記事(2部構成の前編)で挙げたものも、上記の4つに加えて考慮に入れていいものと思っています。

患者の中には、自分の痛みの原因になっている部分を感覚的に知っている人がいます。

細々評価するよりも「どこを治療されたら良くなりそうですか?」と聞いてみて、「ここを押してみてほしい」という返答をされた時に、実際に患者が要求するように治療してみると良くなってしまったという事も実際にあります。

患者とのやりとりを通して、「自身の症状を明確に説明できる人」の中には、そういった能力を有する患者が少なからず存在すると感じています。

 

患者は、症状のベテラン。ヒントは患者が教えてくれる。

Maitlandのテキストには、「患者は、症状のベテラン」というような表現を用いている箇所がありました。

患者の症状については、担当した理学療法士は新人ですので、ベテランからしっかり聴けないのなら、疼痛の原因に迫っていくための大きなヒントを1つ失う事になります。

「目の前で起こる事、患者が話す事は全てヒントになり得る事であり、しかし、問題解決には直接関連のない事の可能性もある」としか言えません。

そう考えると、患者が揉んでほしいといってそれに応えた理学療法士にリーズニングがないとは言えなさそうです。

大切な事は、患者の言葉を、問題解決のためのヒントとしているのか、そもそも問題解決に挑戦していなかったのかは、セラピスト自身で考えてみる必要があります。

 

何をヒントに治療を進めていいか分からない方は、担当している患者との関わりで、上記で挙げた事に当てはまる行為にそれぞれ当てはめながら考えてみて、欠けている部分に挑戦してみてもいいかもしれません。

もちろん、ヒントとなり得るのは、これだけではないと思いますので、興味のある方はクリニカルリーズニングについてご自身で探求してみて下さい。

 

まとめ

治療のヒントとするものは、何でも良いのかなという気がしますが、最も重要になってくる事は、「仮説の仮説(憶測)」にならないように順序良く検査・評価を進める事だと思います。

そして、その人に効果を示しているかを確認する作業を怠らない事、この2つだと思います。

「患者が揉んでほしいと言ったから揉んでみたけど効果はない。でも、それを患者が求め続けているから継続する」というのは治療ではなくなっています。

色々な考えを持って治療を行う事は重要ですが、それが「いつの間にか治療と呼べるものでなくなっていないか?」には十分に注意する必要があると思っています。

 

そして、治療しようとしているものが、「機能異常であると言えるのか?」についてですが、これは可能な限り明確にできる事が望ましいと思っています。

「突き詰める事が可能な範囲で」という表現になりますが、これを徹底すると、症状から原因の仮説を立てるまでが早くなりますし、その機能異常を生み出す機能障害の仮説も立てやすくなり、その後の臨床を効率化していく事ができます。




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