患者から、「私の腰はどうなっているのですか?」と聞かれた際、理学療法士のほとんどの方は、病態をしっかり患者に説明すべきと思っているのではないでしょうか?
人によっては、しっかり時間をとって丁寧に説明されている方もいるかもしれません。
この事をナラティブリーズニングの視点から考えてみたいと思います。
前回記事では、「患者とラポールを形成するために、圧倒的な医学的知識を披露して、患者からワンアップで見てもらえるようにしよう」というような趣旨の記事を書かせて頂きました。
(本記事は、同シリーズ前回記事と関連しています。まだ読まれていない方は、そちらから読まれる事をお勧めします→「4.ラポールの形成、適切な治療関係の構築」)
これは、それが正しい事という意味ではなく、患者との適切な治療関係を築く上での1つの方法にすぎません。
しかし、「人をみる」という事をした上で、この人にはしっかりと自分が知識を持っている事を知ってもらう必要がありそうだな、と感覚的にでも、思えているならナラティブリーズニングができていると言って良いのではないかと思っています。
この記事の目次
しかし、「とりあえず、患者には詳しく説明するようにしよう」では、ナラティブリーズニングは行えていません。
何故なら詳しすぎる説明を行うリスクもあるからです。その理由として臨床的に問題になりやすい2つを挙げてみます。
1.病態を説明する役割は、日本では医者の仕事です。それを理学療法士に依頼もしていません。
2.詳しく病態説明を聞いて恐怖に慄く患者もいます。
まず、1についてですが、医師が行う仕事を理学療法士が勝手に取り組んでいるという事を頭に入れながら行わなければいけません。
医師がムンテラした事と、理学療法士が詳細に説明した事が食い違う場合があります。
この説明の違いに戸惑いやすい患者は多く、私も沢山トラブルを起こしてしまったなと思っています。
医師は基本的には構造障害から症状を考察し、理学療法士は構造障害を加味しながら機能異常や機能障害による症状の可能性に迫っていきます。
機能異常・障害の改善で、症状の改善の可能性があると考えて治療に臨もうとした時に、それを説明しようとすると、医師が患者に説明した事と食い違う可能性がどうしても高くなり、この点には注意が必要です。
しかし、この点は経験豊富な大人な理学療法士は皆、何のトラブルもなく行えているように感じます。
私も、新人の頃は余計な説明(良かれと思い)をしてしまい主治医に呼び出されて、とても苦い経験した事もあります。
でも、この点に関してはトラブルになった時に非常に分かりやすいです。
それを知った医師は、担当理学療法士を呼びつけますし、
担当理学療法士の説明を、たまたま近くで聞いた先輩理学療法士が注意してくれたりしますので、
ここで起きる問題は、殆どの方が経験とともに消えて、今度は人(自分より若いセラピスト)にアドバイスできるようになっていくと感じています。
また、先輩理学療法士の対応の仕方を見て学べる方は、下手な失敗を経験しなくても、この問題の可能性を回避できていると思います。
前置きが長くなりましたが、本記事で解説したいのは、2の方です。
「詳しく病態説明を聞いて恐怖に慄く患者」です。
この場合、医師が行ったムンテラと食い違いが起きないようにと工夫をしても、この可能性は消えません。
また、ほとんどの人が「ミスをした(している)」という認識を持ちにくいので、表に出る事はなく、ここに気付けない方はいつまでもこの「見えにくいミス」をし続ける可能性があります。
何故なら理学療法士は「知識が豊富で説明が上手い」という事が素晴らしい事と考えられる傾向にあるからです。
知識が豊富で上手く説明している人を注意する先輩理学療法士は想像できないですし、1で挙げた問題に触れていなければ、医師が担当理学療法士を呼びつける事もないと思います。
例えば、
「椎間板ヘルニアは、椎間板が破れて後方に飛び出し、それが神経に当たっている。」(説明する為に簡単な例を挙げています。)
これを平気な顔で、私たち理学療法士や医療人は話せますが、
椎間板ヘルニアの事を「何となく聞いた事があるな」というくらいで、よくわからない患者が、
椎間板が破けている
後方に飛び出す
神経に当たる
この言葉を聞いて、「へー、だから痛いんだー。」
なんて、平気な顔では話せません。
もしかしたら説明の時は、納得するように聞いているかもしれませんが、
病院を後にする時、
家で1人でいる時、
誰かと外出している時、
ふと理学療法士の言葉を思い出します。
「私の椎間板って破けているだよね…」「後方に飛び出しているんだよね…」「神経に当たっているんだよね…」
「私の体は、もうマズイ状態になってしまっているんだ…」となってしまいます。
「そう言えば、腰が痛くて外出もできなくなった○○さんも椎間板ヘルニアって言ってたけど、私も同じ状態になっちゃうのかな…」(だいたいの場合、椎間板ヘルニアだけど何ともないという人より、重症だった人の事が頭に浮かびます。)
今まで何とも無かった(心理的な負担にならなかった)違和感のようなものが、説明を受けた椎間板の状態や神経の圧迫と結びつけるようになり、
ちょっと無理をすると、「私の腰に負担がかかってしまっている」というふうに悪い方向に結びつけてしまいます。(必ずではありませんが、かなり多いと思います。)
周りから「腰が痛いの?」と聞かれると、病態説明で聞いた話を説明しているうちに患者の椎間板が破れているというシンプルな説明だったはずが、患者の解釈によって装飾されたり誇張されたりします。そして、患者自身で「私は人より腰が悪い」というナラティブが出来上がります。
こういった事に対して、強い不安や恐怖を感じる患者は理学療法士に何度も聞いてくるようになるので、理学療法士はそれに気づけるかもしれません。
しかし、中途半端に不安や恐怖を感じている患者は、あまり訴えが過敏ではなかったりするので、理学療法士も「あの説明のせいだな…」とはなかなかなれません。
でも、患者はちょっとした違和感(日常誰でも起こりうる腰の不調など)でも、説明をされた「椎間板の状態」のさらなる悪化が頭を過ぎります。
それが今でなくても、何かしらの違和感を感じた時にあの時に聞いた話(何となく覚えている)を思い出します。「確か私の腰はマズイ状態だったな」という感じです。
ここで注意しなければいけないのは、理学療法士が患者と取り組む事は、症状の原因を深く探る事よりも、症状が良い方向へ向かっていく方法を考えるべきだと思っています。
腰の状態がどうなっているか聞かれたら、
「悪い状態」を説明するのではなく、
「良い状態になる方法や手段」を返答する事が大切だと思っています。
前回記事で解説したように、ワンアップで患者が見てくれているなら、理学療法士の知識をそういった事で弾け散らかす必要はないと思っています。
また、患者が説明を求める際、細かい内容についてまでは患者も求めていないか、求めていても、それはその場だけです。
結果的に何を求めているかを考えてみると、この人は信頼しても良さそうな人かを確認しているだけだと思っています。
私の経験上の話になりますが、理学療法士が丁寧に時間をかけて説明した事を、
次回来院時に確認してみると、まず説明した通りの返答は返ってきません。丁寧に説明し理解してもらう事が大切と思っている理学療法士は、前回説明した事を患者が、ちゃんと理解しているか確認してみて下さい。
ほとんどうる覚えで説明できなかったり、
患者なりの解釈で、そして理解できる範囲の事を患者なりの解釈で説明するはずです。
仮にここで、「少し間違っていますね。もう1回説明しますね。」
と言って、さらに説明を加えても、結果はほぼ同じです。
でも、患者が引っかかってしまったところだけは、ちゃんと覚えています。もちろん患者なりの解釈が加わりますので、場合によっては誇張されていたりします。
あまり大切ではない部分に引っかかって、そこだけをしっかり覚えている場合もあります。
ですので、詳しい解説は既に担当理学療法士の事をワンアップでみてくれている場合は、リスクの方が大きい課題です。
ワンアップでみてくれているなら、取り組むべきは「良くなっていく方向」を考える事の方が重要と私は思っています。
今担当している患者から「私のどこが悪いのですか?」と聞かれたときに、単純な表面上のやりとりに終始しては、この気付きにくいミスにずっと気づかないままです。
患者から信頼されている理学療法士であるならば、「用いる言葉によって患者を精神的不健康にする可能性がある」という事を理学療法士自身が自覚しなければいけません。
自身の丁寧な説明が本当に患者のためになっているのかをしっかり考えて、そして、それをしっかり受け止められる人だと言えるなら、しっかりとした説明をすべきだと思います。
そして、上記に挙げた、「見えにくいミス」を犯してしまっていないかを見つめ続ける必要があると思っています。
「丁寧な説明をする必要などない」と表面的な事を言っているのではないとご理解頂ければ幸いです。最後まで読んで頂きありがとうございます。