問診を行っていると、患者は、理学療法士が聞きたい事とは違う内容について話し出す事があります。
こういった事があまりにも多いと、問診はなかなか前へは進みません。
本記事では、その対応策として、問診を進めていく前に行うべき患者とのやりとり「アジェンダの設定」について解説していきます。
この記事の目次
これからどういった事について話し合うかの「約束」
シンプルな症状かつ症状説明が上手、病院への通院目的が明確で、セラピストが考えている治療方向性と一致している患者はどれ程いるでしょうか?
セラピストがどういう情報を欲しがっているか、最初から理解している患者はどれ程いるでしょうか?
私の経験上、あまり多くはいません。
上記の条件を満たしている患者は、クリニカルリーズニングを進めていく上で問診から検査、治療、そして治療終結へと向かいやすいですが、そうでない患者は問診の時点でつまづきやすいです。
どういった場面が想定されるかというと、
- 腰痛について確認していく段階で、腰痛とは無関係と思われる頭痛の話が出てくる。(無関係とは言い切れなくても、重要度としては現時点で高そうにもない他の症状)
- ここ最近、腰痛が出現し来院したにも関わらず、10年前の症状についての説明を行おうとする。(過去と現在を分離せずに話そうとする)
- セルフエクササイズの方法を伝える事で、その説明を始めたのに、逆にテレビで紹介されている方法をセラピストに紹介する。
患者の特徴で片付けられる傾向にありますが、本質的な問題としては、患者とセラピスト間で、これからどういった事について話し合うかの約束・決め事ができていない事が主な原因です。
多くの問診は、話し合うテーマを決めずに開始してしまう
話し合うテーマについて、両者で共有できていない為に話が脱線しやすく、復帰するまでに時間がかかってしまいます。
本特集シリーズが開始してから、初回の問診場面を想定して解説してきましたが、主に症状の説明、症状の結果、症状の経過の説明といった事について、患者から情報を得ようとしている事を解説してきました。
そして、問診が始まると、患者の発言で省略されているのでは、と思われる所を、掘り下げて確かな情報に復元していく事を説明しました。
しかし、これらのやりとりのメインテーマを患者とセラピストで共有できていなければ、メインテーマを維持して会話を続ける事は難しく、患者によっては次々話が展開し、セラピストが一方的な聞き役になってしまう場合があります。
ただの聞き役だと、聞くべき事を聞けない
セラピストはしっかりと話を聞く必要がありますが、治療を進めていく為に聞くのであって単純に聞いているだけでは治療が前には進みません。
そして、脱線した話を早期に戻す事が出来なければ、必要な情報を得るまでに必要以上の時間がかかってしまいます。
こういう場面がよくあるセラピストは、多くの場合、問診の前に「アジェンダの設定」を行えていないからだと思います。
問診時に話し合う事を約束するのが「アジェンダの設定」
セラピストは、これから話し合いたいテーマを患者に「○○というテーマについて話し合いますが、宜しいでしょうか?」とアジェンダを設定する癖をつけていると、先ほど挙げたようなメインテーマからの脱線が防げるようになります。
例えば、「腰痛がある」という患者に対し、「では、これから腰痛について検査と治療を進めていきますが宜しいでしょうか?」と問いかけ、患者がそれに了承したとします。
途中で頭痛の話が出てきて、脱線しかけている会話を戻したい時にセラピストは、以下のように返答する事ができます。
「○○さんにとって、その頭痛は腰痛よりも重要度が高いですか?今は、腰痛について、いくつか確認をとりたいのですが、もし頭痛の方が重要度が高ければ、腰痛について確認をとる事を後回しにした方が良いのですが、いかがでしょうか?そうでなければ、頭痛については、次に確認する事として保留にしておく事もできますが…。」
頭痛が、本当は重要度が高いかもしれませんので、「頭痛の話をすべきではない」とセラピストが拒否するような発言はすべきではないと思っています。
しかし、セラピストが単なる受け身であっては、問診は一向に進みません。
ここで、アジェンダの設定ができていれば、「腰痛について、一緒に取り組む事が重要ではなかったですか?」と問いかける事ができるのです。
アジェンダを設定しておくメリット
最初にアジェンダを設定できていれば、頭痛について話そうとした時のセラピストの対応を不快に思う事はほとんどありません。
事前に確認(共有)していた事について、再確認しているだけだからです。
しかし、アジェンダを設定せずに、この発言をすると、「話を聞いてくれない」と感じるかもしれません。
しかし、セラピストも強引に話をストップしなければ、メインテーマに復帰させる方法がありません。
もし、そのまま聞き流す事になると、患者とセラピストの信頼関係を構築する云々の話ではなくなってしまいます。
話が脱線する可能性を考慮して、先に、これから話し合う事について事前に約束をしておくのです。
もし、この約束が破られても、破る必要があるから破られたと解釈し、その破る事となったテーマについてアジェンダを設定し直せば良いのです。
頭痛の方が、日常生活上、重要度が高いと患者が話した場合は、一旦、腰痛については保留にし、その頭痛について話し合えばいいと思います。
患者が重要と考えている事が変わる事を拒否する為のアジェンダの設定ではありません。
重要ではないけど、「気付いたら脱線していた」というミスを起こさない為の事前準備です。
治療終結までをイメージしてアジェンダを設定する
「これから、腰痛の対処法について、検査を通してあなたに合う方法を探していきます。」
「そして、その方法を、ご自身で行えるようになって頂き、もう治療に通う必要がないと思える所までお手伝いさせて頂こうと思っているのですが、如何でしょうか?」
このように、問診が行われる段階で患者に確認をとっておく事ができます。
「治療開始当初から、どこまでの事が言えるのか?」と思われるかもしれませんが、これはあくまでも2人で取り組もうとしている事が何かについて話し合っているだけです。
もし、治療の経過で、「セルフケアで対処できる問題ではない」と判断したなら、その時にその状況を説明した上で、その状況にふさわしいアジェンダを再設定すればいいのです。
そして、このアジェンダの設定は、ゴール設定を行っているのではありません。
ゴール設定は、より具体的であるべきで、初回問診の冒頭で立てられるものではありません。アジェンダの設定は、これから取り組んでいこうとする事についてを共有しようとしているのです。
治療経過中の脱線を未然に防ぐ事ができる
腰痛治療を進めている段階で、セルフケアの指導に重点を置きたいセラピストと、今日は肩が張っているからマッサージをしてほしい患者で、今日の治療に対する考え方にズレが生じてしまった場合です。
患者「今日は肩が凝っているから、肩を揉んでほしい。」
セラピスト「肩を揉んでほしいんですね。わかりました。その前にちょっと確認したいのですが、○○さんと私は、○○さんが、ご自宅で腰痛の自己コントロールができるようにと取り組んでいるつもりだったのですが…。」
患者「そうだけど、今日は肩が凝っているからマッサージしてもらえたらなと思って…。」
セラピスト「できない事はないですよ。腰痛の治療より重要であるなら、それをすべきです。でも、それが重要という事は、もう腰痛の問題は解決していて、腰のリハビリは終了できると解釈しても宜しいでしょうか?」
患者「腰のリハビリはまだ継ける必要があるよ。」
セラピスト「そうであるなら、腰痛の治療を進めていくべきだと感じます。もし、肩こりが続いてしまうようなら、その時に、通院しながら治療をした方がいいのか検討してみるのは如何でしょうか?」
患者「そうですね。わかりました。」
(ここでいう、腰の治療とは、腰痛を自己コントロールするためのセルフケア・セルフエクササイズ法の練習を想定しています。)
このやりとりでは、頭ごなしに患者の要求を否定していないし、セラピストは提案しているだけです。全ての決定は患者自身で行っています。
これで、もし、患者が肩凝りの方が重要と言うのなら、後はセラピストがどう行動するかは、セラピストの考え方次第だと思います。
ただ、それ程重要でないものに振り回される事はなくなります。
ここで、説明していることは、患者の要求を上手に否定しろと言っているのではありません。
こういった場面でも多少、柔軟性があった方が良い事もあるかもしれません。
セラピストによっては、上記のやりとりをした上で、「では、5分だけ肩を揉みしましょうか?でも、私たちが取り組むべき、腰の治療を行ってからにしましょう。」と、患者の要求を、治療をすすめるきっかけにできるかもしれません。
どちらが良いのかは、患者とセラピストの関係性や、セラピストの考え方に大きく左右されるので、ここで断定的な事を言うつもりはありません。
ただ、メインテーマから脱線してしまう事が多いセラピストは、アジェンダの設定を意識するだけで、脱線する事も、メインテーマに復帰させる事もある程度選択できるようになると思います。
まとめ
脱線しそうな場面に出くわさないセラピストは、威圧的もしくは、上目線になっている事により患者が要求できないだけの結果かもしれないので、そもそも脱線する場面がほとんどないというのも一概に「適切な対応ができている」と言い切れないと思います。
徒手療法(マニュアルセラピー)を用いる場面でのクリニカルリーズニングは、こういった「患者とのコミュニケーション」、特に「これから何に取り組んでいくか」や「患者しか知らない事をどれだけセラピストが共有できるか」が、治療をスムーズに進む事を決定づける大きな要因だと思います。
臨床は、単なる技術の遂行ではないはずです。
私が素晴らしいと感じたセラピストは、共通して患者とコミニュケーションをとる事に長けていました。
その先生方は講習会に行く事に一生懸命になるよりも、患者とのやりとりに一生懸命であったように感じます。