本特集シリーズでは、初回の問診場面で聞くべき事や、どのように聞くべきか(聞き方)などを解説してきました。
全ては、痛み治療現場でのクリニカルリーズニングを意識したものです。
今回の記事では、この特集シリーズ「初回の問診とコミュニケーション」で解説してきた内容を、整理したいと思います。
この記事の目次
まずは、症状について話し合うというアジェンダの設定
初回の問診の序盤は、どのような症状で困っているのかを聞いていく事が多いと思うのですが、患者は、目の前にいる理学療法士が何を聞きたいかは分かりません。
そして、何を話せばいいのか分かりません。ですので、まずは「症状について話し合う」というアジェンダの設定を患者と行います。
このアジェンダの設定は、最初は大枠での設定から、どんどん具体的になっていくはずです。
症状について話し合う事が決まったら、患者は症状について話しはじめるか、理学療法士が症状について細かく聞いていく事が許されます。
症状と一言で言っても、腰痛だけの患者もいれば、痛いところがいくつかある場合、例えば、腰と右脚と右肩と、頭痛まであるという患者もいます。
これらの症状を、整理される事なく話されてしまっては、必要な情報の漏れが起きたり、あまり重要でない話に時間が割かれてしまいます。
より時間を割くべき事は何かを確認する
そこで、「あなたが病院で治療したいと思っている症状は何ですか?」や「より日常生活を困らせている症状は何ですか?」と質問をし、より時間を割くべきと患者と理学療法士の両者が思える事に話のテーマを限定する事ができます。
そして
「では、まずは、より重要度の高い腰痛についての症状を確認していく事から始めましょう」
と患者に同意を求める事ができます。
このアジェンダを設定できていれば、話のテーマがそれかけた時に「今は、より重要度の高い腰痛について確認していきたいのですが、宜しかったですか?」と確認をとる事で、テーマが逸脱する事を防げます。
現在の症状(痛みそのものに関すること)に関する事以外にも、例えば、「その症状のこれまでの経過」や「その症状の結果(痛いことによって、何が制限されているか)」について聞く場合でも、同様にアジェンダの設定を行う事ができます。
次は、省略されている情報を復元していく作業
患者が話している事と、理学療法士が聞いて理解している事には、常にズレが生じる危険性があります。
「歩くのも大変で困っている」という患者が、「昨日はゴルフをしてきた」という話をする事があります。
この時、「あれ?ゴルフはできるんですか?」では困るのです。
最初の時点で、「歩くのも大変で困っている」という事を聞いた理学療法士は、同時に「ゴルフはできるけど、歩くだけで痛みが出ている」という事を聞けてなければ、これは問診がしっかり行えていない証拠です。
「歩くのが大変」という事を聞いた理学療法士が、「運動する事は困難だ」と勝手に決めつけて、「歩くのが大変な人は運動はできない」という自分自身の思い込みや偏向性に影響を受けてしまっています。
単純に「歩く」という事が何かという事についても言えます。
これを聞いた理学療法士は、いわゆる正常歩行をイメージしやすいですが、早歩きの事を言っているかもしれませんし、患者自身で、痛みの出る変な歩き方を見つけて、その歩き方をした時だけのことを言っているかもしれません。
この「聞く側の思い込み」や「偏向性」に影響された情報は、ほとんどの場合に誤情報です。
省略されている事を憶測するのではなく、本人の説明をしっかりと聞き、事実を事実として聞き出せなければ、それ以降の仮説検証作業や、リーズニングは実態の伴わない幻想(理学療法士の頭の中だけで起きていること)となってしまい、確からしさはどこにもなくなってしまいます。
痛みが出ている状態を実際に見せてもらう
これらの問題を防ぐ一つの方法としては、痛みが出ているという状態を実際にみせてもらう事は非常に重要な事です。
「問診」と聞くと言語的なやりとりのみを考えてしまいがちですが、実際に動いてもらったり、痛みが出る部位を指示してもらうことも問診の一部となります。
「歩くのが大変」という患者に対して、「大変」というこのままでは共有できない情報を、共有できる具体的な情報にしていく作業が「省略されている部分を復元する」という事にあたり、「歩く」という事については、実際に見せてもらう事で共有できる情報にしていきます。
この実際にみせてもらうというのが機能的実証にあたります。
もし、このとき実際に歩行しても疼痛が誘発されなければ、
「歩いても痛みは出ていないようですが、どういう歩き方で痛みが出ますか?」
「どの程度歩けば痛み出しますか?」
などと追加の質問を行います。
患者がどういった歩行の事を言っているのか、どういった条件が加わると痛みが出るのかを明確にできなければ、患者と理学療法士で共有できている情報とは言えません。
もし、この時、いくら歩いても・どう歩いても痛みを再現できなかった場合は、「歩くと痛いはずだけど、今歩いては痛くない歩行時の痛み」という事を患者と理学療法士で共有すべきです。
また、どこが痛いのかを実際に指示してもらう事も同じように重要です。
これまでの記事でも説明した事ですが、理学療法士が思っている「腰」と、患者が話す「腰」が同じ解剖学的な部位ではないかもしれません。
また、動作時痛であるならば、その動作をしている時に指示してもらった方が有益な情報である場合がほとんどです。
オープンクエスチョンとクローズドクエスチョン
省略された部分を聞き出したところから、仮説というものが生まれてくるのですが、この仮説を確認していく最初の段階がオープンクエスチョンとクローズドクエスチョンを駆使した質問です。
これは、前回の記事「5.問診 オープン&クローズドクエスチョンの具体的な例」と前々回の記事「4.問診の際の質問の仕方、オープンクエスチョンとクローズドクエスチョン」で解説したところですので、ここでは割愛しますが、まずはアジェンダを設定する事、そして省略されている部分を復元する事、そしてやっとそこから仮説検証作業の第一歩としての質問が始まります。
そして、問診の後に実際の検査に入っていく事になると思いますが、検査が病態を悪化させるリスクがある事を十分に理解していなければなりません。
この危険性をできる限り低減させるために、レッドフラッグに注意すること、イリビリティーやセンシティビティーの存在やセビリティーの高さを把握している事が重要になります。(この点については、特集「痛み治療のクリニカルリーズニング」の「7.価値のない悪化について ~イリタビリティー、センシティビティー~」で解説しています。)
この仮説検証作業の質問は、セラピストの技術の一つであり、この領域で経験を積んでいる人とそうでない人ではかなりの差が出てしまいます。
そして、この経験を蓄積できる人というのは、徹底的に問診できる人です。
中途半端な問診を繰り返して得られた経験は、やはりその程度の経験になってしまいます。
まとめ
私自身、完璧にできているわけはなく、非常に難しい領域だと思っています。
私を指導して頂いた先生に、担当患者のことを聞かれて、何度も言葉がつまりました。
そしてその度に、「まだまだ問診が甘いね、患者の話をちゃんと聞いているの?」と言われていました。
最初は何を聞いていいかわからないという事もあるとは思いますが、最初は、とりあえず何でも(もちろん治療関係の中で)聞いて聞いて聞きまくる事だと思います。
それを繰り返しているうちに無駄なものが省かれて、価値のある質問ができるようになってくるのではないかと思っています。